2009年12月31日

今年もあと数時間で終わり。でも今年が終わったって今の問題を引きずりながら2010年になるだけ。なんにも変わらないんだけれど、少しだけ新鮮な風が吹いてくるような気がする。

今年も年末になって爆弾を抱えてしまい、気が動転してしまったけれど、一日半落ち込んで昨日の午後には立ち直った。立ち直り早くなったんじゃない?自分。

今年の目標は「するりと抜けてタフに生きる」だったけれど、かなり達成できたんじゃないかと思う。今年もよく頑張ったよ。

今日はいつものように洗濯、掃除して午後はお節料理を作る。別に作らなくてもいいんだけど、ダンナは今夜の年越しそばを打っているし、私だったそれくらい作らなくちゃね。

Dvc00041今年はエビと安納芋と舞茸の天ぷらそば。ダンナとしてはまだ納得した出来ではないみたいだけれど、十分美味しかったよ。

今夜はこれから地元のお寺に鐘を撞きに行きます。

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ブラフマンの埋葬

Photoブラフマンの埋葬    小川洋子

「創作家の家」の管理人を務める男のもとに傷付いた野生動物がやってくる。彼はその動物にブラフマンと名付け一緒に生活を始める。

ブラフマンは猫やイタチかと思っていると、手には水かきがあって泳ぐのが得意。最後まで謎の動物だ。

創作家の家の周りにはオリーブ林があり、泉も湧き出ている。石の古代墓地があったりこの世ではないような幻想的が場所が舞台だ。登場人物の中できちんとした固有名詞で呼ばれるのはブラフマンだけ。

唯一、現実的なのが雑貨屋の娘。娘は月に一度か二度男が会いに来るのを待っている。男に会うため車の免許を取ろうとしている。自分勝手で嫌な女。この女のせいでブラフマンは死んでしまうのに誰もそれを責めない。

静かで不思議な世界の話。ただ娘を除いては・・・

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頭痛

ココロが傷ついて
真っ赤な血が吹き出した

こうなるためにがんばってきたのか?
光が見えたように感じたのは幻だったのか?

再び闇の中に横たわる

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映画2本

Photo_3セブン   1995年製作
監督:デヴィッド・フィンチャー
主演:ブラッド・ピット/モーガン・フリーマン
    グウィネス・パルトロー/ケヴィン・スペイシー

七つの大罪になぞられた連続猟奇殺人事件の犯人をブラピ演じる若手刑事とモーガン・フリーマン演じる定年間近のベテラン刑事が追う。

七つの大罪とは「大食」「強欲」「怠惰」「肉欲」「高慢」「嫉妬」「憤怒」。

あっと驚く結末で頭のおかしな奴の犯罪が完成されてしまうことが悔しい。人間の理性なんてその程度の弱いものなのかな。



Photo_4ジャージの二人   2008年製作
監督:中村義洋   原作:長嶋有
主演:堺雅人/鮎川誠/水野美紀

それぞれ私生活で問題を抱えている父と息子。夏の数日をケイタイも通じない涼しい山荘で、おばあさんが集めていた小学校のジャージの古着を着て過ごす。

山荘の周りが木々に囲まれていて見ているだけでものんびり。ゆるーい映画。何か大きな出来事が起こるわけでもなく、抱えている問題が解決するわけでもない。ただ時間が過ぎていく。今って四六時中ケイタイで繋がっていていいときもあるけれど、抱えている問題から自由になるのも難しい。だけど、そういったものをしばし横に置いといてふわーってする時間も必要だと思う。

お父さんがやっている昔のファミコンのマージャン、私もよくやったな。あの音懐かしい。

私はジャージやスエットって大嫌いなんだけれど

なんか、こう、、、ジャージもいいかなって思った。

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ザボン

Dvc00041鹿児島のお母さんからザボン(ぼんたん、文旦)とポンカン、お餅、野菜が届いた。

お餅は九州では丸餅。こっちの四角い餅よりボリュームがある。お正月にお雑煮にして戴きます。

ザボンはキャベツのように大きくて、木に生っているところが想像できない。

そのまま中身を食べてもいいけれど、皮の内側の白い部分がかなり厚い柑橘類なので砂糖漬けにしたりするらしい。さっそく灰汁抜きに取り掛かった。

さて、初めてのザボン漬け、上手にできるかな。

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こけ玉

Dvc00036こんなの作ってみました。

200円のこけ玉に100円の多肉植物を頭に植えました。

耳→ありあわせの布を袋縫いして伸ばしたクリップを芯にし、周りにステッチを入れる。
目→白い画びょうに黒のマジックで目を描く。
鼻→ぬいぐるみ用の目に針金を通してこけ玉に挿す。

王冠を被ったチワワのつもり。頭だけっていうのがちょっと怖い。大きめのこけ玉の上に乗せて雪だるま型にしても可愛いかもね。

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分かったふうな顔で正論を振りかざす大人にはなりたくない

2年ぶりに働いていたころの友達と会った。この2年の間、何度か誘われたけれど気が乗らなくて断っていた。もう20年近い付き合いになるからある程度気心は知れている。だから会いたくなかった。多分、今の私を理解してもらえないと思ったから。

彼らには保育園児と小学生の子どもがいる。まだ親の思い通りになる年齢の子どもたちだ。子どもの話になる。息子がバンドをやっていると言ったらその中の一人が即効で「やめさせろ。」と言った。「エグザエルになんかなれっこない。現実はそんなに甘くない。」としたり顔で大人の正論を振りかざした。やっぱりそうきたか。言わなきゃよかったよ。だいだいバンドからエグザエルを発想するなよ。せめてミスチルとかB’zとか言ってくれよ。そもそも誰もそんなビッグネームになりたいなんて言ってないし。発想が貧困なんだよ。

だけど、2年前の自分だったらどうか?分かったふうな顔で正論を言ったんじゃないか?私も彼のように所謂優等生で規範に囚われて生きていたから。固定観念にがんじがらめにされて身動きできないことさえ気が付いていない。それが息子は我慢できなかったんだ。今なら息子の気持ちが分かる。冗談じゃないぜ!

何にも分かってない他人にエラそうな事、言われなくないよ。

私は子どもたちのおかげで狭い価値観から自由になれた。井の中の蛙が外の世界を知った。世界は広い。

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12月24日

Dvc00036_218年前の今日、朝6時20分。キミはこの世界に産声を上げた。

パパはママの手を握ってずっと側にいてくれたんだ。額には汗が光っていて、その目は困惑しているようでもあり、一緒に痛みを感じているようでもあり、神に祈っているような目でもあった。今でもはっきり覚えているよ。

キミは普通よりへその緒が短くて陣痛の度に心拍数が落ちて助産婦さんは青い顔になっていたらしい。後からこっそり助産婦さんが告白してくれたんだ。

へその緒を切るとすぐにキミをこの胸に抱いた。涙がスーッと流れた。だってパパと知り合ってからずっとキミに会うこの日を待っていたんだもの。

病室のベッドは窓際で昼休みにパパが会いにきている時、雪が降ってきたんだよ。ほんの短い間で一瞬の出来事だった。この地域でクリスマス・イブに雪が降るなんて珍しいこと。宇宙すべてが祝福しているように感じたよ。

あれから18年、キミはすくすくと育ってくれた。傍目にはいい加減に見えるキミだけど、誰よりもナイーブで純粋で頑張り屋なのを知っているよ。この2、3年はつらいことが多かったと思う。だけど、神様は乗り越えられない試練は与えないんだ。キミは一つ一つそれを乗り越えて、その度に強く優しくなっていく。キミは神様から愛されている子なんだ。

これから新しい道が開け、どんどん光を増していくはず。キミの描いた絵のように愛と希望に満ち溢れている未来を信じているよ。

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生きるとは、自分の物語をつくること

Photo生きるとは、自分の物語をつくること    小川洋子/河合隼雄

作家小川洋子と臨床心理学者河合隼雄の対談集。

第一章の「魂のあるところ」では「博士の愛した数式」について数学科出身でもある河合氏の考察が興味深かった。

第二章の「生きるとは、自分の物語をつくること」ではカウンセリングの現場の話などが具体的に語られていて心の問題を抱えている子どもを持つ親としてはとても参考になった。

・了解不能というのは人間を不安にする。安心したいために相手を置き去りにして自分が早く了解する。

・言葉より沈黙の方が心地よいときがある。

・人間は矛盾しているから生きている。命というのはそもそそ矛盾を孕んでいるものであって、その矛盾をごまかさず自分はこういうふうに矛盾しているんだとか、なぜ矛盾してるんだということを意識して生きていくよりしかたない。矛盾との折り合いのつけ方にこそその人の個性が発揮される。

・カウンセリングはちゃんと話を聴いて、望みを失わない限り、絶対大丈夫。不登校の子が「学校に行けなかった」と言ったとき、「でも行けるよ」と言うのは行けなかった悲しみを受け止めていない。「そうか」と言って一緒に苦しんでいるんだけれど、望みは失っていない。望みを失わずにピッタリ傍にいる。

・励ましの言葉はむしろ中途半端に放り出していることがある。「頑張れよ」というのは「さよなら」と切っていること。「 あなたが持ってきた荷物は、私も持っていますよ」という態度が大事。

・ダメだと思い込んでしまったら、本当にダメだと相手も不安になる。

第三章の「二人のルート」では河合氏の死亡により対談が中途半端に終わってしまい小川さんが追悼文を長すぎるあとがきとして書いている。次の対談は「ブラフマンの埋葬」の話をするということだったのでとても残念。この作品を私は読んでいなかったけれど、「博士の愛した数式」のように河合氏がどのような読み方をしたのか、ユングとブラフマンの話が聞きたかった。

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七色の光

Dvc00038とてもきれいな物を頂いた。キラキラ光って宝石のよう。

これを窓辺の太陽の光が当たる場所につるすと部屋中のあちこちに七色の光が踊りだした。

我が家じゃないみたいで、夢の世界へトリップしてしまいそうだ。子どもみたいに家中持って歩いてどこにつるすのが一番綺麗か探し、結局、私がいつもメインで使っている部屋の窓に下げることにした。

Dvc00043_2これから今まで以上に晴れる日が楽しみになった。

なんだか少しずつ光を集められそうな気がしてきた。

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