初雪
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自転車で移動するのが好きだ。
10kmくらいの距離なら天気さえよければためらいなく
自転車で出かける。
基本的に自分で動かす乗り物が好きなのかもしれない。
車もバイクも好きだけれど、
車の運転テクニックは初心者並みだし、
バイクも免許は取ったものの立ちゴケばかりして今は乗っていない。
自転車はいい。環境に優しいし、健康にもいい。
フィットネスクラブでエアロバイクに乗ったり、
交通費のことを考えれば家計にも優しい。
この本の中では等身大の良さ、身の丈で、という言葉を使っている。
自転車は自分の体が動かしたスピードで動かした分だけ進む。
エンジンは自分。自力のみだ。
時に孤独だったりするけれど心地よくもある。
自転車は飛行機よりも偉大な発明だと思う。
実は私が自転車に乗れるようになったのは小学校6年生のときで
かなり遅かった。
それまではいつも友達の後ろに乗せてもらっていた。
それがいつから自転車が好きになったのだろう。
気がつくと高校への通学、犬の散歩、ダンナと恋人だった頃の二人乗り、
子どもの保育園の送り迎えと日常生活でなくてはならないものになっていた。
私の父も自転車が好きで倒れる間際まで画材をもってスケッチに出かけていた。
倒れて起き上がれなくなっても
「自転車のところまで行けたら自転車に乗れるのに」と
言っていたほどだ。
その父が最後に乗っていた自転車は今も買い物用として大事に乗っている。
もう10年以上経っているかもしれない。
先日その自転車に乗っていた息子が無灯火でお巡りさんに呼び止められたらしい。防犯登録を調べたところ別の人の名義になっていたと言う。
自転車ってみんなそんなに長く乗らないのか?
確かに容姿が怪しいし、無灯火はいけない。
でもそりゃないでしょ。ちゃんと先に防犯登録しているのに!
親子三代で乗っている由緒正しい自転車です。
盗難車と間違わないでください。
自転車をめぐる冒険はまだ続いている。
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夕方まで寝ている金髪の息子と厚化粧の娘を見ていられなくなり
ダンナに八つ当たりしてしまう。
このままじゃ八つ当たりがエスカレートしてしまいそうで車で家を飛び出した。
こんな時、エレカシ聴きながら首都高をグルグルっていうのがいいのだけれど
私は迷路のような首都高を運転できない。
それであてもなくただひたすら国道を北上して行った。
勿論、エレカシをガンガン聴きながら・・・
健康センターでもあればそこでサウナに入ってのんびりお風呂につかって
明日帰るのもいいかと思い、途中のスーパーで着替えも買ったのだけれど
健康センターも見つからない。
エレカラでもする?と思っても
一人でカラオケ屋に入る勇気もなく
結局、マックでコーヒーを飲んだだけで帰宅。
往復300kmくらい走った。
そして家に着けばいつものように自宅のお風呂に入り
いつものように朝を迎えることになる。
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「おくりびと」がアカデミー賞外国語映画賞を受賞した。
この映画がハリウッドでも認められたなんて嬉しい。
私は昨年11月に観た。
チェロのように静かにゆっくり流れながらも
内側の激しさ感じるいい作品だった。
ところどころに笑いを誘うシーンがあり
死を扱っている作品なのに少しも暗くならず
むしろ生を謳歌しているように思えた。
おくる側のいろいろな思いを感じると同時に
おくられる側の生前にも思いを馳せた。
納棺師という職業は外国では
日本の伝統的な仕事のような捉え方もされているようだが、
1969年、函館で起きた漁船沈没事故が納棺師の仕事の
きっかけのひとつだったと言われているそうだ。
そう考えると伝統的職業でもないようだが
そこに流れる生死感は日本人らしいものがあるように思う。
私の両親は献体登録していて、父はすでに献体済である。
父は2度も最新医学のおかげで命拾いしているので
医学に貢献したいという気持ちもあったようだ。
一方、母(まだ存命)はまたちょっと違っていて
「死んだらその肉体は物体となってしまう。その物体に未練はない。」
という考えからだ。
献体登録していても葬儀等は普通に執り行うこともできる。
しかし、私の両親は「お金は生きている者のために使いなさい。
生者を煩わせるのは嫌だ。」といってそれは望まず、
父のときは式というものは一切しなかった。
それでどうだったか。
式を行わず、献体するということで
私たち子どもにはそれほど問題はなかった。
献体をすると遺骨が返還されるまでに2年ちかくかかってしまう。
葬儀を行ったとしても永年連れ添った伴侶を亡くすということは
精神的につらいものだと思うが、あれだけクールな事を言っていた母も
遺骨が戻るまでの精神状態は大変なものだった。
また、昨年9月には義父を亡くした。
田舎ということもあって自宅で見送るのかと思ったが
セレモニーホールによる現代の典型的な葬儀だった。
子どもであるダンナも知らないような親戚が来たり、
子どもの仕事関係の人が来たり、
よくある葬儀に関する内輪のもめ事もあったようだ。
私たちは納棺に立ち会うことができなかったけれど、
明らかに納棺の後の顔は生前のように穏やかな表情になっていた。
私の父と義父。どちらのおくられ方がいいとかはない。
葬儀はおくる側の儀式だ。
残った者の気のすむようにしてもらうのが一番だと思う。
そう言いながらも、もし私がおくられる側なら
ふたりの父の中間
納棺師さんにきれいにしてもらって、ごく近い人だけに見送ってもらいたい。
そして父のように自然に帰れたら幸せだ。
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朝から外は雨。そして月曜日。気持ちのいい目覚めとはほど遠い目覚めだった。
子どもたちのように頭から布団をかぶって、いつまでも寝ていたいけれど
大人にはそんなこと許されない。
午後、3年ぶりにお雛様を出した。
高度成長時代、買い求めるにあたり唯一父がこだわったのが
極力プラスチックの少ないものをということだったらしい。
残念ながら三人官女の手はプラスチックだ。
木とプラスチックの混在したお雛様はあの時代を象徴しているのかもしれない。
私は小さい頃からぬいぐるみが大好きだったが
リカちゃん人形のように人間の顔をした人形は苦手だった。
しかし、お雛様だけは特別。
小学生の頃「私の宝物」という作文にも「私の宝物はお雛様です。」と書いた。
1年に一度、この時期にしか会えないからなのか。
3年ぶりに飾ったというのにお雛様たちは今年も同じように優しい顔だった。
小さい頃からの記憶が蘇ってくる。
私が小さいとき母がひとりで飾ってくれた。
お雛様を飾るのもひと仕事。一つ一つ大事に紙に包まれているのを取り出し
刀や烏帽子などの小道具を身につけさせていく。
母はよく言っていたものだ。「早く大きくなって手伝ってね。」
そして私の成長とともに私が手伝うようになり
気がつくといつの間にか母が手伝うという立場になっていった。
私の受験や一人暮らしで飾らない年もあった。
何回もの四季が通り過ぎ、私も母になり今度は娘と一緒に飾るようになった。
5年前、私と娘がお雛様を飾る姿を目を細めて眺めていた父の姿を思い出す。
その年の3月に父は倒れ6月に亡くなった。
今年、私は一人で飾ろうと思っていた。それでいいと思っていた。
何を思ったのか今年はダンナが手伝ってくれた。ありがとう。
実はもう一つ娘のお雛様もある。ぬいぐるみの動物のお雛様だ。
私とダンナの手作りでいまだかつてない力作だ。
でも飾るためにはゴミ溜めのような娘の部屋を片付けなければならない。
お雛様に会うために部屋を片付けてくれるのだろうか。
桃の節句まであと8日。
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今朝は久ぶりに気持ちよく目覚めた。
熟睡できたとかそういうのとはまた違う。
最近、目覚めの第一声がずっと「疲れた」だったから
第一声に「疲れた」と出てこなかっただけでも気分よく目覚めた証拠。
日曜日は学校も仕事も休みで
子どものことでハラハラする確率も比較的少ない。
だからと言って一日がそのまま気分よく終われる保障はなく
案の定、夜には気が滅入ることがあった。
そして明日は大嫌いな月曜日。
朝、子どもを一応起し、学校へ行く行かないの問答があり、
仕事では業者から電話があり、いつものように仕事して家事して
そして火曜日になる。
そうだ、明日は大安。
お雛様を飾ろう。ここ数年なんだかんだでずっと出せずにいた。
久しぶりの再会。ちょっと明日が嬉しくなってきた。
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長男と一緒に単位制高校の学校説明会に行った。
高校へ行く目的が見つからず心身ともに疲れ果て、自宅で休養すること7ヶ月。
自分からもう一度学校に通おうかなと言い出した。
17歳というのは微妙な年齢でバイトをするにも深夜はダメ、普免もなし、
おまけにうちの子は金髪ときているから、なかなか仕事も見つからない。
いつまでも宙ぶらりんの状態に絶えられなくなり、消去法で残ったのが
「もう一度学校に行く」ということなのかもしれない。
単位制とはいえ、毎日学校へ通うことなどには不安があるようだ。
1年でまた力尽きてしまうかもしれないという。
18歳になったら深夜のバイトがメインになってしまうかもしれない。
それに入試もある。
本人がいくら行く気になっても入学許可が出ないかもしれないし、
やっぱりやめたと言うかもしれない。
まだまだこの先どうなるか分らない。
学生という立場を利用して堂々と好きな音楽をやればいい
今度は頑張って卒業しろって言いたい気持ちをぐっとこらえ
彼の前に進もうとしている気持ちを大切にしてあげたいと思う。
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ネロリとマカデミアナッツ油の美容オイルを作った。
このオイル、2日間使っただけで肌の調子がいいみたい。
肌にツヤとハリが出てきた感じがする。(自己満足?でもそれも大事。)
それに使ったときのネロリの香りがまたいい。
疲れた心にもツヤとハリを与えてくれる。
このオイルの作り方は超簡単。
マカデミアナッツ油10mlとネロリの精油2滴をよく振って混ぜ合わせるだけ。
清水の舞台から飛び降りる覚悟でネロリのオイル買ってよかった。
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お風呂を洗おうと思って栓を抜こうとしたら
誤って上着のポケットに入っていたケイタイを落としてしまった。
ほんの一瞬の出来事だったのに
すべての光を失い、ただの四角い塊になってしまった。
あっけない最後。
DoCoMoショップの人でさえmovaと間違え
机の上に置いておけば、子どもの友達に「これ何?デジカメ?」と言われるような
もはやケイタイとさえ認めてもらえない代物。
そろそろ替え時かとも思っていた。
でも使えるものをなかなか買い換えることができないでいた。
若い子たちはすぐに新しい機種に替えたがるけれど、
ケイタイは命の次に大切などとほざきながら、愛着ってものがないのかね?
それは新しい機能が使いこなせないおばさんの僻みか?
数少ない電話帳の中身も吹っ飛び、これは人間関係も整理しろってことかな。
さて、次のケイタイはどうするか。
仕事でどうしても必要なわけでもないし
しばらくはケイタイなしの生活もいいかなと思いながらも
なんとなく買ってしまうのだろう。
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田舎暮らしに殺されない法 丸山健二
子どもが巣立って老後の資金も貯まったら
いつかは煩わしい人間関係やらから逃れて
自然の中でのんびり田舎暮らしをしたい
と考えている人が増えているようだ。
私もそんな暮らしを夢みるひとり。
だけど田舎暮らしはそんなに甘いもんじゃないよと警告する本書。
「自然が美しい」とは「生活環境が厳しい」と同義
まとまった雨が降れば道路が土砂に埋まってブルドーザーが出動するだとか、
田舎は「犯罪」の巣窟
都会からの移住者は狙われ、もし狙われたら自分の身は自分で守る
殺すか殺されるかの覚悟が必要だとか、
田舎に「プライバシー」は存在しない
冠婚葬祭、選挙などの田舎的付き合い、
それ以外でものべつ監視されている状況におかれるとか、
散々ネガティブな事が書かれている。
この本を読むと田舎暮らしに夢を抱くのではなく覚悟が必要なんだと思う。
自然災害、犯罪は覚悟できても最後の付き合いの覚悟はなかなかできないな。
真綿で首を締められるような状況はイヤ。
晩年はハイジのおじいさんのように生きたいものだ。
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湯島天神:
受験シーズンとあってたくさんの絵馬。たくさんの人の思いに圧倒される。みんなの願いが叶えばいい。でももしダメでもそれをバネにしてさらに飛躍して欲しいと思う。で、受験が終わっている我が家がなぜ湯島天神にお参りに行ったかと言えば、娘が高校に3年間通って無事に卒業できるようにお願いするため。上の子のときは高校へ合格すればそのまま卒業するものと思っていた。高校って辞めることができるのを忘れていた。せめて娘だけでも高校は卒業して欲しい。この間、学校へ行ったときに「友達ができそうにない」とか「勉強が嫌だ」とか心細くなるようなことばかり言っていた。今日買ってきたお守りは初めからスクールバックのポケットに入っていたかのように忍ばせようと思う。 梅はちらほら咲いているものの見ごろはもう少し先かな。
朝のテレビで松坂屋で駅弁大会をやっていると知って昼食はこれに決まり。お目当てはフラカンの前川さんのblogに書いてあった「牛肉どまん中」。30分くらい並んで買う。前川さんが一番好きだという鳥取の「元祖かに寿し」は見つからなかった。牛肉どまん中はご飯の上に牛肉のそぼろと牛肉煮がのっていてタレがご飯までしみている。しっかりした味付けで人気No.1というだけあって美味しかった。
上野公園
上野公園で買ってきたお弁当を食べる。かわいいピンク色の寒桜が咲いていた。私が「寒桜、うちにも植えたいね。でも食べられないからダメだね」と言うと、食べられる植物にしか興味のないダンナは「花や葉っぱは塩漬けにできるんじゃない?」とあくまでも食べようとする。
そして上野公園には何度も行っているのに始めて赤本で知った東京大仏へ。東京に住んでいる人でもかつて東京に大仏があって今も顔だけ残っているって知っている人は少ないんじゃないかな。唇にほんのり紅が残っているのが可愛らしかった。
肉の大山
駅の通りの向こう側、ごちゃごちゃ店が並ぶ中に肉の大山を発見。ほぼ日のコロッケMAPで知って行ってみたかったお店。なんと手作りコロッケが50円。メンチが100円。夕飯用にコロッケとメンチを買う。お店の前で焼き鳥を焼いていて1杯飲むこともできる。今度は電車で来て1杯飲みながら食べたい。
ダンナは久しぶりの人ごみで疲れたみたい。でも若い頃にもどったみたいで楽しかった。
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ニュートン、ダーウィン、ノーベル、アインシュタインなど
科学者の育った家庭、恋愛、科学者同士の付き合いなどが
ワイドショー的のりで描かれたちょっと変わった偉人伝。
著者の科学者への愛情が感じられて読んでいて楽しかった。
偉大なことを成し遂げた影には人間臭いところもあって、でも魅力的な人たち。
この間ノーベル賞をとった3人の先生もそれぞれ個性的で魅力的だった。
少し前にノーベル賞とオリンピックの金メダル、どちらを子どもに取って欲しいか?
というアンケートで、若干オリンピックの方が多かったよう。
やっぱり生きている間に子どもの成功を見たいっていう気持ちも分るけれど
賞をもらうために頑張るんじゃなくて、自分が一生懸命取り組んできた結果として
もらえる賞っていいなって思う。
ちなみに私は立派なファラデーさんと変わり者の南方熊楠さんが好き。
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そんなタイトルの歌があった気がする。
アメリカだったかでそれを理由に学校に火をつけた子がいて
その事件からインスピレーションを受けてできた曲だったと思う。
I don't like Monday.
月曜日が楽しみなのはSMAPファンくらいじゃないのかな。
月曜日の次は火曜日、そして水曜日と続く。
今週は水曜日が休日なのが救い。
毎週、同じことを思う。
フーと息を吐いている間に週末になってくれないかな。
でも週末が終われば、また月曜日がやってくる。
毎週月曜日、エレカシがTV番組でレギュラーになったら
月曜日が好きになれるかな。
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昨夜は家を追い出されたという娘の友達が泊まる。
うちだっていろんな問題山積み、
人様の家庭の事情まで考える余裕、本当はないのよ。
でも家に帰ると父親に殴られると言うし
夜遅くに外に放り出すこともできない。
放っておけない娘の気持ちも汲んで一晩だけ泊めてあげた。
そんな子が以前にも何人かいて、もう駆け込み寺と化している。
そしてその子が朝言うには
「昨夜、黒いロングドレスを着た小柄な髪の長い女の子を見た」って
そんなこと言われても・・・
我が家は誰も霊感がありません。
気にしたくはないけれど、やっぱり気になる小心者。
うちは生きている人間のことだけで精一杯。
正体不明のわけわかんないヤツの駆け込み寺じゃないぞ!!
もしそんなヤツがいるなら、とっとと出て行ってくれ!!
教訓1.子どもには絶対「帰って来るな!」とは言ってはいけない。
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もう2日も前になってしまったけれど
2009年2月4日、立春の日の出来事を書いておこう。
この日はフラカンワンマン「上京15才」の記念ライブ。
やられた。何にやられたってライブの前にかかっていた曲。
エレカシだよ。エレカシ!メンバーの選曲なの?
フラカン聴くようになってエレカシも聴くようになった。
ここ数日、後ろ向きで投げやりで未来が信じられないでいい加減になってた。
そんな気持ちでフラカンやエレカシは聴けない。
毎日聴いていたエレカシを聴かないでいた。
フラカンも迷った。でも何かが変わるかも?ってドアを開けた。
そうしたら、いきなりエレカシがかかっているじゃない!
天からの声を聴かされた。やっぱり宮本さんは神の声だよ。神が降って来た。
今回もまたフラカンに導かれてエレカシに救われた。
もう一度、前を向いて笑顔の未来を信じてみようと思う。
勿論フラカンも良かったー。サウナ状態。暑かったー。
フラカン、エレカシ聴きながら家に着いた。
本当は愛してやまないこの毎日を
いい加減に過ごすのは やめなよ
「俺の道」より
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今日は節分。
私の育った家庭が季節の行事に無頓着だった反動なのか
私は季節の行事が好き。
当然、節分も毎年豆まきしていた。
でも今年は豆まきも恵方巻きもなし。
豆まきしてもしなくても鬼も来れば福も来る。
恵方巻きの起源・・・朝のTV番組でやっていたところによると
ヒマなこの時期に関西の花柳界で商売繁盛を願って流行ったことだとか。
それ聞いて食べるのやーめた。
恵方巻き、去年より売り上げ落ちたよ。きっと。
ダンナの内視鏡で取った組織検査の結果がでた。
管状腺腫。良性。グレード3。
聞きなれない病名だけれど、よくあるものらしい。
一年後に検査して経過を見るとのこと。
早急な手術の必要はなし。よかった。
でもグレード3っていうのが気になる。
心配ないものならグレード1にしてくれればいいのに。
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