アフタースクール
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先日収穫した金柑。トマトなどのように、しばらく置けばもう少し色付くかと思ったけれど、どうもそうではないらしい。急いで甘露煮を作った。
私の作るものはどれも簡単。
皮の表面に包丁で切り込みを入れ、そこから種を出す。後は水と砂糖で煮るだけ。ちょっと目を離したらもう少しで焦付いてしまうところだった。幸いカラメルになるところでセーフ。味は生よりずっと美味しく食べられた。
そして、主食は昨日摘んだセリのおやゆ。塩を少しかけて茹でたセリを乗せただけ。これはシンプルだけれど美味しい。お代りしちゃいました。
おかずはサンマの甘辛煮、ほうれん草の玉子炒め、ふかし芋とヘルシーな昼食でした。
ダンナはこのような粗食を「体にやさしいご飯」と言う。
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ダンナの実家は東京近郊だというのにとてものどかなところだ。家の裏はいまだに舗装されていない。
春の七草セリを摘みに出かけた。畦道には小さな花がたくさん咲いている。写真では分りずらいけれど、この中だけでもオオイヌフグリ、ホトケノザ、ヒメオドリコソウ、ナズナ、タネツケバナ、ハコベなどが咲いている。
ロゼット状になっているタンポポが花を咲かせていた。これから暖かくなるとどんどん茎も伸びてくる。今はまだ地面にへばりついている。
昨日たまたま母とコブシの花の話をしていた。母のマンションの近くにコブシの花が咲いているという。私は名前は聞いたことがあるもののコブシの花をイメージできなかった。母が言うには「ハクモクレンを小さくしたような花が咲く」らしい。ふと目を上に向けると、白い花をたくさん付けた木がある。そばに寄って見ると
こんな花。どうやらこれがコブシだったようだ。そう思ってよく周りを見渡せばコブシの木をあちこちに発見。まだ芽吹いていない里に存在感たっぷりに花を咲かせていた。今まで気がつかなくてごめんね。
カマキリの抜け殻。

セリ摘みの帰り道。
子どもの頃は山菜なんて美味しくないと思ったけれど、この年になるとその美味しさが分るようになった。セリはおかゆに入れて食べるのが好き。白米のシンプルな味とセリの緑が一つになったおかゆは目と鼻と舌で楽しめるこの時期だけの贅沢。日本の四季は素晴らしい。
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本を読むとき、気になった言葉などに付箋を貼ることにしている。そして全部読み終わった後に、その付箋のところをもう一度読み返し手帳にメモしている。
今朝、この本を図書館の返却ポストに入れようとしたらはがし忘れた付箋を発見。ポストの前でその付箋にメモする。
信頼とは賭けることです。裏切られてもいい。相手にされなくてもいい。結果がどうなろうと関係ない。覚悟をきめてなにかを、誰かを信頼する。
多くのことが不確かな今、私は子どもたちに賭けている。息子はもう一度高校へ行くと言ったものの、やっぱり学校は続けられないかもしれないという。体が拒否反応するようだ。娘は単願で私立高校に入学することになったけれど、「高校へ行きたくない。勉強したくない。」と言っている。なぜ、うちの子たちは多くの子が普通にできている学校へ行くということができないのか?そんなこともうどうでもいい。親である私はぐちゃぐちゃ考えずにただ子どもたちに賭けようと思う。
人間を関係する存在として見ていこう。そこをつなぐ心のシナプスを探そう。
と、この本は結ばれている。人間の関係ほど人を複雑にし悩ますものはない。ときには煩わしく思い、ときには生きる力となる。男女関係、親子関係、友人関係きっと太古の昔からさほど変わりはないのだろう。心のシナプスを探すのは大変なことだけれど、人間として生きていく以上シナプスを探し続けていくしかないのかもしれない。
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出演:古田新太/堤真一/高岡早紀
7ヶ月ぶりの観劇。劇団☆新感線の「蜉蝣峠」を赤坂ACTシアターで観てきた。いのうえ歌舞伎と言えば、私のイメージでは開演前からロックがガンガン鳴っていて劇中も生バンドで爆音という印象があった。今回はPunkと名をうっているのでパンクロック?と思いロック好きの息子を誘った。実際は生バンドじゃなかったし、音楽自体も少なく残念ながらパンクロックではなかった。息子にはちょっともの足りなかったかも。
さて、内容は新感線らしく前半は堤真一がなぜか軍鶏になっていたり、古田新太が昭和ムード歌謡のような歌を熱唱したり、下ネタありで笑いが多い。血なまぐさい回想シーンではスクリーンを使い、横溝正史原作の映画を観ているようだった。後半は一気に重くシリアスになり最後は毎度のことながらズーンと響いた。堤さんはかっこいいし、古田さんはチャーミングかつ重厚。ラストの殺陣シーンは迫力満点だった。
勘九郎の歌舞伎と新感線は今までハズレなし。細かいこと言わないで面白かったと思える。
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「家庭の幸福は諸悪のもと」という太宰治の言葉で始まる。
対幻想論(男・女の間の心)と共同幻想論(集団の心)に関しては難しくて一読では理解できず、これはこれからの宿題に。
「家族のゆくえ」は人間の発達過程に沿って書かれている。特徴的でなるほどと思ったのはそれぞれの時期の間に移行期を設けていること。確かにこの移行期というのが重要かもしれない。
この本でも「幸福論」と同じく親の重要性が書かれている。特に母親に到ってはかなり責任重大。ダンナもよく「子ども達にとって所詮、主軸にあるのは母親なんだよな」って言うけれど、やっぱりそうなのだろうか。そんな重大な事とは考えずに母親になってしまったな。でも多くの人がそんなこと考えにずに母親になるわけで、それでもそこそこ子どもは育つ。
やはり、うちの子ども達が真っ只中の前思春期・思春期のところが一番気になった。
何か気のきいたことをいったりかまったりする必要はない。こうしろああしろという必要もない。ただ子供に目を注いでいること。
分っているけれど、それが難しい。本当は「大丈夫」と笑顔でいればきっと子どもも安心するのだと思う。でもついつい不安になって余計なことを言ってしまう。同じ何も言わないでも目を注いでいるのと目を背けるのとは違う。目を注ぐということはとても苦しいことだが、母親になった以上逃げられない。
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金柑初収穫。初収穫と言ってもこの金柑の木はもう数年前に購入したもの。毎年花は咲き小さな青い実になるところまでは育つのだけれど、それから先が育たない。知人に聞くと、たいした手入れをしなくても毎年勝手に実をつけると言う。なぜにうちの金柑は実がならないの?と思い続けること数年。念願の実を収穫できた。たった10個だがこの10個は大きい。
さっそく一つ皮ごと口へ。うーん。美味しいとは言えない・・・もう少し色づいてから収穫するべきだったのか。砂糖漬けや甘露煮にしたほうがもう少し美味しく食べられるかもと淡い期待を抱く。宮崎の高級金柑はどれほど美味しいのだろうか。
庭に柑橘系の木を植えている家をよく見かけるけれど、でも多くの家がその実を収穫しないでたわわに実らせたままにしてある。やっぱり美味しくないのだろうか。ジャムとかにしたら食べられそうだと思うのだけれど、やはり美味しくないものはどう料理しても美味しくないのだろうか。そうだとしたら木になったままの実はちょっと悲しい。
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エレカシ「桜の花、舞い上がる道を」花びらと幹、同時再生に挑戦。何度「さく~、さく~」と聞いたことか。某動画サイトに同時再生したものがアップされているというのを聞き「いっそ、ひと思いに!」と気が迷いそうになるのを押し留め、これは自分で完成させなければと再チャレンジ。
みごと合わさったときは鳥肌もの。壮大で幽玄さ漂う作品に完成してこんな歌だったんだと改めてこの曲の素晴らしさを感じた。聴き終わって自然と笑みがこぼれ拍手している自分がいた。
先日放送されたスペースシャワーの番組で宮本さんが結婚式で歌ってほしいと言っていたけれど、この完成形は本当にぴったり。もし私がウエディング・プランナーなら絶対使いたい。
そういえば、こうして努力して音楽を聴くということを永い間忘れていた気がする。むか~し、むかし、粗末なプレーヤーでレコードを聴いていた頃を思い出した。針が飛んで音飛びをしても、我が家のプレーヤーは針圧を変えることができなかった。針が飛ばないように消しゴムを薄く切って針の上に乗せていた。重すぎてもダメ、軽すぎてもダメ。そんな微調節しながら一生懸命に音楽を聴いていた頃の気持ちを思い出した。
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今夜はなんだかのんびりした夜。なんとなく散歩に行きたくなり愛犬を連れてダンナと夜桜を見に行った。
素足にサンダルでもぜんぜん寒くない。空にはまばらに星が瞬き、夏の湯上りの散歩のように心地良い風が吹く。
どこからともなく、沈丁花の香りがする。夜は辺りが見えないから余計に鼻が敏感になる。
数日前にはまだ満開になっていなかった桜の花は今夜はもう花びらが散り始め、黄緑色の可愛い葉も出始めている。週末の日曜日には賑わっていたが、今夜は静寂そのもの。薄桃色の花が暗い闇の中に凛として輝きを放つ。今度の雨でかなりの花が散ってしまうだろう。花が散っても桜の木は変わらずそこにあり葉を茂らせ実をつけ、また来年には花を咲かせる。
帰り道、どこかの家からすき焼きの匂いがする。住宅街に戻れば、そこには人間の営みがある。
桜の木も人間も大して変わりはしない。
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すでに購入したという友人からのメールで私も急いでCDショップへ。こういうときに限って車は渋滞。もどかしい。
「絆」はネットですでに聴いていたけれど、実際にCDを手に取って聴くとまた格別。言葉のひとつひとつがびんびん響いてくる。壮大なこの曲を映画のエンドロールで聴くためにきっと私は映画館に足を運ぶんだろうな。
カップリングの「to you」 ポップな曲調なのに 揺れる想い 引きずり回して進め!かっこいい。ライブで聴きたい。
「桜の花、舞い上がる道を」は限定版を買ったので花びら、ピアノバージョン。音楽室のピアノで歌っているのを聴いているような贅沢な気分にさせてくれる。やっぱり幹の方も聴きたい。
丁度去年の今頃、エレカシを初めて聴いてその時はまさかここまではまるとは思っていなかった。あー、人間社会に起こっていることに関係なく季節は廻っているんだよな。この一年、もしエレカシに出会っていなかったらどうやって過ごしていたのかな。今じゃ、エレカシなしの生活なんて考えられない。
物事は起こるべきときに起こり、出会うべきとに出会う。出会えたことに感謝。
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老齢化社会の心構えとして
こきざみの幸福に気づき、短い周期で考える
ということが書いてあった。これは誰もが先の不安を抱えている現代において老齢期の人だけでなくあらゆる年代の人で言えることだと思った。
夫婦ふたりで生き死ぬということに関して
老夫婦の心中は理想的である。
子どもの犯罪はすべて親の責任である。
被害者、あるいは加害者の親であったらどうするかとういうこともかなり過激なことが書いてあった。
子殺しについて
とにかくどこかで踏みとどまって、これ以上お前は許せないというところまできてそうするという親がいたら、かなり育てたことに対する愛情というのに自信があるんだと思う。
なぜか死に関する記述に引き寄せられた。幸福論を語るとき死を語ることになるのか。
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彼女とは実家が同じ県内だったこと、親元を離れて生活していたこと、家庭環境が似ていたことから卒業後も家族ぐるみの付き合いをしていた。
でも、去年の夏から私のほうがゴタゴタしてしまい、たまに短いメールをするくらいになってしまった。彼女も私のダンナと似ていて職人気質で言葉で表現するのが苦手なほうだと思う。今回も手紙が添えられることもなく「春の香りをお届けします」とメールが届いただけ。
言葉は少なくてもこの中に「新しい季節です。いろいろあっただろうけれど、お茶でも飲んで元気出して!きっといい春が来るよ。」と言ってもらえた気がした。
誰かに何かを伝えるのって特別な才能がなくたって言葉以外にもいっぱいあるはず。言葉に頼りすぎていた自分を反省した。春の香りとともにそんなことにも気付かせてくれた贈り物だった。ありがとう。
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SPACE SHOWER TV Double Punch 第3弾 ~フラカン和義の300万ボルト~
行ってきました。フラカン以外はみなさん初見でした。
9割が斉藤さんのファンではないかと不安げな鈴木さん。不安の裏返しなのかしゃべりまくっていました。総合司会は斉藤さん、鈴木さん、前川さんの3人。斉藤さんが演奏の準備をしている間、ステージ端で時間を繋いでいる鈴木さんと前川さん、まるで若手芸人のようでした。
ゲストはキセル、リリー・フランキー、PUFFYの由美ちゃん。
キセル:
兄弟の2人組。ゆるくて脱力系。でも心地よい脱力でリラックスさせてもらいました。
リリー・フランキー:
MCはほとんど下ネタ、鼻水、排出ネタでした。でもそんな中、さりげなく斉藤さんにギターもらった話なんかもして斉藤さん好感度UPでした。リリーさん、歌うと変わります。ドラム、バイオリン、キーボード、ギターの4人編成で、リリーさんの歌は初めて聴きましたがなかなか良かったです。イラスト描いて、本も書いて、役者もやって、歌も歌って器用な人です。
斉藤和義:
この方もギターを持つと変わりますね。シュッとします。ゆるいイメージでしたがハードなナンバーが多かったように思いました。フィッシュ・ストーリーの曲もかっこよかったです。キセルのお兄ちゃんが打って変わってバックでハードなギターを弾いていたのが驚きでした。由美ちゃんとの1曲も聴かせてくれました。
フラワーカンパニーズ:
「馬鹿の最高」に始まり、「真冬の盆踊り」まで飛ばしてくれました。鈴木さんは9割斉藤さんのファンではないかと心配していましたが、いえいえそんなことありません。私は後ろの方で観ていましたが、フラカンとっても盛り上がっていました。
斉藤和義×フラカン:
鈴木さんが歌った「僕の見たビートルズはTVの中」すごく良かったです。こういう曲を聴けるのがイベントの楽しみの1つです。斉藤さんが選んだフラカンの曲は「Love Me Do」でした。
最後はみんなで「歩いて帰ろう」。フラカンデビュー以来の付き合いというだけあってアットホームで暖かいライブでした。リリーさんや鈴木さんの話の中で斉藤さんの人柄が出る話もあり、私の中では斉藤和義好感度UPです。3時間半あっという間でした。今夜のイベントはたった1時間に短縮されてしまうようですが、3月28日にスペースシャワーで放送されるようです。楽しみ♪
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今朝、娘は遅刻しながらもいつもより早く学校へ行った。ホッとしたのもつかの間。すぐに帰ってきてしまう。
夕方、息子は在籍した高校へ書類を持っていくのに、肝心なその書類を忘れて出かけてしまう。持ってきてほしいと電話があり急いで車で届る。
帰り道、なんだか虚しくて悲しくなってしまった。
家に近づくと住宅街の空に大きな満月が顔を出していた。
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今日はダンナの誕生日。夫婦二人で抹茶ケーキを食べてお祝いした。ついつい食べ過ぎて気がついたら半分以上もなくなっていた。
抹茶スポンジケーキ材料:
卵 3個 小麦粉 90g 砂糖 90g バター 15g
抹茶 大さじ1 シロップ(さとう+水)
私のスポンジケーキの作り方は卵黄と卵白とを分けずに砂糖と混ぜてあわ立てる。そこへ小麦粉と抹茶を一緒にふるったものをさっくり混ぜ、バターを加えて焼くだけ。焼きあがったスポンジは半分に切り、ケーキの断面、表面には砂糖を水で溶いたシロップを前の晩に塗っておく。こうするとスポンジがしっとりする。
そして抹茶ケーキなので間には生クリームと粒あん、フルーツを挟み、上にもたっぷりフルーツを乗せ最後に抹茶を散らしてみた。
このスポンジケーキの作り方は学生の頃に北海道に1ヶ月ホームステイをしていたときに覚えたもの。牧場の仕事の手伝いだったけれど、唯一身に着けて帰ってきたのはこのスポンジケーキの作り方だけだったかもしれない。ちっちゃかったそこの家の男の子ももう30歳ちかくになっているはず。立派になってお父さんの牧場を継いでいるのかな。スポンジケーキを焼くといつもあの夏を思い出す。
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吉本氏は私の亡くなった父と年が近い。この本を読んでいて何度も父を思い出だし、もし今父が生きていたらどんな日々を過ごしていたのだろうかと考えた。
まだ経験したことのない「老い」とはどういうものなのだろう。読みながら一人暮らしをしている母の毎日も考えた。
吉本氏も足腰が弱くなり自転車に乗って出かけていたようだが、帰りは家族に迎えに来てもらったりしている。自転車でよく出かけていた父も生きていたらそうなっていたのだろうか。この間までなんでもなかったことがしんどくなってくるってどんな感じなんだろう。
上野についての記述も多く、それもまた面白かった。私も小さい頃よく上野に連れて行ってもらった。美術館、動物園、噴水の前で兄妹仲良く楽しそうに遊んでいる写真もある。学生時代、おしゃれな町吉祥寺の近くに住んでいたこともあって、どことなく上野が嫌いな時期もあった。地下鉄の天井は低いし、地下通路から地上に上がってくるとなんともいえない上野の臭いがしたものだ。決してキレイな町じゃなかった。
それが最近、宮本さんの影響かもしれないけれど、懐かしく心地よくなってきた。気負わず自然のままでいられる気がする。また上野の山を散歩したくなった。
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いつもはただ丸く編むだけなのだけれど、今日はパンダの顔にしようと白い毛糸で編み始める。でも耳つけたらなんだか猫みたいな耳になってしまった。それじゃ耳の黒い白い猫にしようと猫の目をつけたけれど、なんだかどっちつかずのパンダ猫になってしまった。ダンナにはパンダを作ろうと思ったのに猫に変わってしまったという中途半端さがとてもよく出ているとお褒めの言葉をいただいた。
そして気を取り直して2枚目。今度こそと思って花を編み始める。選んだ色が悪かったのかこちらもなんだか目玉焼きみたいな花になってしまった。
余っている毛糸で、編み図も考えず、ただ頭の中のイメージだけで編み始めるので途中でどんどん形が変わってしまう。その中途半端さが作品に出てしまう。でも最近ではそのいい加減さが結構気に入っている。
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一見ヘビーなタイトルの本だけれど、内容はゆる~い。
40代女、独身、親と同居、定職なし?、昼間から酒を飲む、著者の日常を書いたエッセイ。
おいおい、最初少し読んで読むのやめようかと思った。
私には著者と同じような生活している知人がいる。オマケに彼女、犬を傍らに酒を飲むところなんて本の表紙とそっくり。そんな生活ありなの?!って思っちゃうんだけれどそのゆるさ、自分には欠けている部分でもある。著者の場合はこのゆるい生活を明るく暴露して仕事に繋げちゃうわけでここまでいくと立派。
私の知人もどうやって生活しているのか?が謎だ。実はを物書き?とささやかれたこともある。彼女が北大路公子だったら・・・少なくともそれはないな。公子さん、北海道在住だもんと真剣に考えてしまった。
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本日午後3時、友人よりエレカシのチケットが取れたと連絡あり。
メールももどかしいと衝天の意気で電話があった。
これで武道館に続いて5月も東京、広島で神の声が聴ける。
「チケットが取れなかったらタバコ吸ってやる!」なんて言ってた
彼女の禁煙も続くことになったし良かった、良かった。
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遠くに住む友人からゾウの貯金箱が届いた。
彼女、1回でも多くエレカシのコンサートへ行きたいために禁煙を始めた。
私はタバコを吸わないけれど、彼女の禁煙を応援したいと思って一緒にエレカシ貯金を始めた。これはタバコ代を貯金してコンサート遠征費用の足しにしようというもの。そうしたら私たち同じことを考えていた。
私は500円玉を貯金していく 貯金本を2冊購入、彼女は鍵付きゾウさん貯金箱を2つ購入。お互いの分を買っていた。彼女からの手紙には彼女の分の鍵が同封されていて「4月に東京に行くときはこの貯金箱を持っていきます」と書いてあった。うん、うん。待っているよ。それまでいくら貯まっているかな。
彼女の鍵にはほぼ日手帳アンケートで当たった「ほぼ達成」のシールを貼った。武道館まであと1ヶ月ちょっと。春はもうすぐ!
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今が旬のほうれん草。実家でたくさん採ってきたのでそれを惜しげもなくたっぷり使ってほうれん草カレーを作った。
材料:
ほうれん草、ニンニク、玉ネギ、
クミンシード(パウダーでもOK)、ターメリック(ウコン)、
カイエンヌペッパー(チリパウダー)、ジンジャーパウダー
ガラムマサラ
パニール 牛乳1000mlを鍋に入れて火にかけ、温まってきたら酢50mlを加える。分離して液体が澄んできたら火を止めガーゼとザルで漉し、重しをして水分を切る。好みの大きさに切り分けておく。
作り方:
1.ほうれん草を茹でて細かく刻み、水を加えミキサーでペースト状にする。
2.中華鍋にサラダ油をひきみじん切りにしたニンニク、クミンを香りが出るまで炒める。
3.みじん切りにした玉ねぎを加え、スパイスを加える。
4・1のほうれん草を入れ、ガラムマサラを加え、切り分けたパニーニを入れる。
クミンはあると便利なスパイス。
カレーだけでなくスープに入れれば黄色くないカレー風味のスープにもなるし炒め物に入れてもいつもと違う味が楽しめる。
パニールは牛乳1000ml使ってもできるのはわずか。
でも気分的になかなか牛乳2本分は作れない・・・
おまけ:
うちのミキサーの性能が悪いのかほうれん草をペーストにするときは水を多めに入れないとペースト状にできない。
多すぎてしまった水分はザルで漉してすりおろしたリンゴとハチミツを入れて再びミキサーへ。栄養満点ほうれん草ジュースの完成。
スパイスを用意したり、ほうれん草をペーストにしたり、パニーニを作ったり普通のカレーを作るより面倒なようだけれど、煮込み時間もなくて結構簡単にできる。
なにより旬のほうれん草がたくさん食べられるのがいい。
やっぱり旬の野菜は美味しい!
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本日のひな祭りメニュー:
ちらし寿司
手抜きして永谷園のすし太郎を使用
トッピングは桜でんぶ、絹さや、とびっこ、錦糸卵、白ゴマ
茶碗蒸し
海老、ホタテ、ちくわ、しいたけ、三つ葉
澄まし汁
あられはんぺん、三つ葉
煮物
京イモ(実家のもの)、ニンジン、絹さや
抹茶
瑞鳳 上林詰
今年のひな祭りメニューは特に工夫もなく手抜きちらし寿司。
エビ、サーモン、イクラは高いので赤色はとびっこを使用。
しかし、この時期の絹さやはほんの少しの量で高い。
はまぐりも国産はびっくりするほど高い。
中国産は安いけれどなんとなく買う気がしなくて
隣にあった紅白のあられはんぺんを買う。
このはんぺんこの時期になるとスーパーに並ぶ。
道明寺は和菓子屋さんのが食べたかったけれど
寒くて面倒になってしまいスーパーで購入。
でも山崎パンのもなかなか美味しい。
抹茶は頂き物の上等なものなのにちょっと古くなってしまい残念。
娘は帰ってくるとご飯も食べずに寝てしまったし、息子も帰りが遅いみたい。
一生懸命作っても結局余ってしまうから
このくらいの手抜きで作ったほうが気落ちしなくていいんです。
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青色申告決算書、所得税、消費税の確定申告書を税務署に提出してきた。
これで、やっと一安心。
日常の仕事ではダンナがメインで私はあくまでもサポート、
顧客管理と経理が私主導の仕事だ。
申告は唯一期限が決められている仕事でもある。
提出が終わって、これで晴れていつでも家出できると思えるだけで気が楽になる。
公務員の家庭で育った私は簿記も帳簿も全く縁遠いものだった。
それが事業を始めて15年。自力で申告することにも慣れてきた。
とは言っても決算の仕事をするときは大好きな音楽も流さない。
世の中、不景気だけれどお陰様でうちは一昨年より売上げが伸びた。
これもひとえにうちに来てくれるお客さんのおかげ。ありがたいことだ。
そして、家庭内の問題が次々に起こる中で
休むことなくまじめに仕事をしてくれたダンナのおかげ。
きっと仕事なんてできないって思ったこともあったと思う。
それでも毎日、あんな状況の中で何もなかったかのように働いてくれた。
それと同時に仕事は一瞬でも家庭の問題から離れることができる
救いにもなったのだと思う。
売上げが伸びれば、当然税金も増える。
でも今の時代は仕事があって税金が払えるというのも
幸せなことなのかもしれない。
私たちもこれまで通りお客さんの期待を裏切らないように精一杯仕事をしていくので、公務員のみなさんには税金は適切に使って頂きたい。
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今日は娘の誕生日。
誕生日までにはお雛様を出してあげたいと思っていて
部屋を片付けるのを待っていたけれど、
結局片付けてはくれなかった。
だからといって今年も出してあげないのは人形もかわいそう。
私のお雛様の道具だけをそのまま残して
人形、屏風とぼんぼり、橘と桜だけを交換した。
節句の前に私のお雛様を片付けてしまうのは心苦しかったけれど、
きっとお雛様も分ってくれることだろう。
人形、橘と桜は私、小道具と屏風、敷板はダンナの手作り。
ねこのお雛様はまだ娘が生まれる前に教育テレビのおしゃれ工房で
作り方が放送され、女の子がいたら作ってあげるのにと思って見ていた。
その後、女の子が生まれ
図書館でおしゃれ工房のバックナンバーを探し出して作った。
お雛様の着物の生地は私の七五三の着物で、
お内裏様の着物は私の祖母の帯で作った思いで深いものだ。
数年後、今度は同じおしゃれ工房で「うさぎのお雛様」が放送された。
それをアレンジしてうさぎの官女、ねずみの五人囃子、くまの随身、
娘の飼っているチワワの仕丁を完成させた。
小道具は私のお雛様をまねて、厚紙や布でつくり、敷板は漆を塗った。
桜は花びらの色付けから自分で染色し、
木にするためのアイデアはユザワヤを歩き回りながら練った。
素人の手作りなので多少不格好ではあるが
私たちの愛情をたっぷり詰めた作品に仕上がった。
そしてもう一つのお雛様がこちら。
これが3月1日生まれの娘が
2日後に病院で迎えた初節句のお雛様だ。
これは2歳上の長男が
保育園で作ったものを病院まで持ってきてくれたものだ。
毎年保育園でこのような物を作っては持って帰ってきたけれど、
その中でもこの可愛いお雛様は特別で
今でもひな壇の最前列真ん中に鎮座している。
帰宅した娘は始めはお雛様が入れ替わっていることに全く気がつかなかったが
変わっていることに気がつくと満面の笑みを浮かべてくれた。
この笑顔を見るために私の今日一日はあったのかもしれない。
幼い頃の娘の表情と重なって見えた。
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一日早いけれど近くに住む私の母を呼んで
娘の誕生日のお祝いをした。
今回の手作りケーキは炊飯器で作ってみた。
ケーキの生地はオーブンで焼く時と全く同じで
その生地を炊飯器に入れて炊いてみた。
一回の炊飯では中まで火が通らず再炊飯を2回することでやっと火が通った。
オーブンとは違って蒸しパンのような食感に仕上がった。
デコレーションには低脂肪ホイップを初めて使う。
低脂肪の物はソフトに仕上がりホイップしすぎると水分が出ると
書いてあったので泡立て過ぎに注意していたら柔らか過ぎてしまった。
そしてメインは下関からのお取り寄せ。
ふぐ刺しとふぐちり。
ふぐ刺しはきれいにお皿に盛られて届いた。
テーブルに並べた途端、写真を撮るのも忘れて口へ。
言わずもがな、美味い!
ふぐちりも普段は鍋料理をあまり食べない子どもたちもよく食べ
スープまで雑炊にして完食。
ふぐと言えば、3年前の年末年始を思い出す。
家族4人と犬5匹を連れて九州まで行った。
12月30日の午後に家を出て一晩中車を走らせ、下関に着いたのは翌朝。
下関の市場でふぐを買い、夕方北九州に住む友人宅へ。
みんなでふぐちりを食べて、NHKの紅白を見て、新年を迎え
持って行ったお節料理を食べた。
今の状況では同じことをやろうとしてもなかなかできないと思う。
あの時だからできたこと。
そう考えると、
今夜の出来事もまた後から懐かしく思い出す時が来るのかもしれない。
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