ひとり言

無題

先が見えないからといって

起こってもいないことを

不安に思うのはもうやめた。

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決定!

散々迷っていた来年の「ほぼ日手帳」、決めました。

やっぱり毎日手元にあって目にする手帳は元気が出る明るい色がいいと思ってカズンのライム×グレーにしました。カバー・オン・カバーの間に挟んだ写真や切抜きの隙間から覗く爽やかなライム、いいんじゃない?

文房具はカバー・オン・カバー(カズンはセットには付いていないみたいですweep)、OHTOのカズン用クリアファイル、それにレシピブックも注文しました。セットについているOHTOのテンプレートは何色が届くか楽しみshine

目に優しい色のマイルドライナーも欲しかったけれど完売でした。文房具屋さんで同じようなペンを探してみましょう。

届くのが楽しみだけれど、使うのはオアズケです。

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複雑

恩師の傘寿のお祝いを兼ねた同窓会に出席した。同窓会に出席するのは十数年ぶり。

子どもの大学受験や跡継ぎの事なんかも話題に上がった。

そんな中、「何の悩みもなくて人生を謳歌しているみたいだね。」と言われた。それも数人から。私ってそんなに能天気に見えるのか?そりゃ、今日は学生の頃みたいに無邪気な後輩に戻っていたかもしれないけれど・・・病院通って毎日安定剤を飲んでるなんて誰も思わなかっただろうな。まぁ、「やつれちゃって悩み多そうだね」って思われるよりはいいかっ。

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迷う

そろそろ来年の手帳を選ぶ季節になってきた。

去年から「ほぼ日手帳」を使い始め、2年目にしてもうなくてはならない「相棒」になっている。

1日1ページあるけれど私の場合、新聞の切り抜きやチケットなども貼ったりもするのでオリジナルサイズだと今頃の時期になるとすでに手帳はかなりの厚みを増している。なので来年は一回り大きいカズンにしようということだけは決めている。悩むのはカバー。

毎日そばに置く手帳は元気の出る明るい色がいいけれど、カズンは落ち着いた色が多い。結局カバー・オン・カバーの間にいろいろ挟むから何色でもいいのかなって思ったりもする。あー、迷う。

明るいライム×グレー、シックな千鳥格子、女の子らしいブラウン・ドット、どうしよう。

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1年前の今日

2008年10月18日はJCBホールでのエレカシのコンサート2日目だった。

去年の今日の手帳には
「最高のライブ!Baby自転車では滝のような涙。迷いも悩みもなんとかなりそうな気がしてきた。」
と書いてあった。

あれから1年。「Baby自転車」のようにダンナと二人乗りで悲しみの交差点を渡ろうと一生懸命過ごしてきた。あの時より状況は良くなっているのだろか?息子はまだ通院を続けているし飲む薬も増えた。娘も学校へは行っていない。でも息子はバイトを始めたし暴れることはなくなった。娘もバイトを始めたし普通に会話が出来るようになった。一般的な高校生を持つ家庭なら普通のことかもしれないけれど、我が家にとってはそれでも大きなこと。3歩進んで2歩下がっているのならいいのだけれど。

今度の日曜日はエレカシの野音だ。一週間後、私は何を受け取って日比谷公園を歩いているのだろう。帰り道、月が見えたらいいな。

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ひょうきん族

「フジテレビ開局50周年 記憶よりも記憶に残るフジテレビの笑う50年」をちょこっと見た。

ひょうきん族、笑った!こんなに爆笑したの久しぶり。オタマにおでんに牛乳、アドリブがめちゃくちゃ面白かった。

世界のたけし、画伯鶴太郎、人気司会者紳助、それにさんまちゃん。今やいろんな才能を発揮している人たちが集まって思いっきりバカなことを本気でやってた番組。

私は泣き虫だし、泣くのはすぐに泣けるけれど心から笑うことって難しい。なんか笑えて嬉しかった。

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無題

私たちはどこへ行こうとしているのだろう
光を求めて手探りで
前に進んでいるのか後ろに下がっているのかもわからない
時にドロ沼に足を取られそうになるのを踏ん張り
時にススキのように風に身を任せ
向かう先はただ一つ

私の一部になりかけている
腕のネジが笑っている
ケ・セラ・セラ

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強風の中では

昨夜は台風で強い雨が降った。今朝は雨は上がったもののものすごい風。

娘は強風の中、自転車でバイトへ行った。帰ってきて娘の言った言葉。

「背の高いススキが風に任せてぐるぐる回っていた。それを見てたら自転車を一生懸命こいでいるのが馬鹿らしくなった。」

強い風が吹いているときはススキみたいに風に任せてしなやかに生きていきたいものだ。

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理想のスキヤキ

昨夜、「世にも奇妙な物語」を見た。特に「理想のスキヤキ」が面白かった。

私の父が牛肉の産地、松阪出身なこともあってスキヤキにはドラマの主人公ほどじゃないにしてもそこそこのこだわりがある。40年以上使っているすき焼き用の鉄鍋もある。

まず、絶対に関西風がいい。以前、奮発して銀座ですき焼きを食べたらなんと関東風のわりしたの味付け。肉の味がどうのとういうよりそれだけでだめ。東京なんだから当たり前といえば当たり前なんだけれど。

牛脂をすき焼き鍋に薄くのばし、、まず肉を焼く。そこへ砂糖、しょう油、酒で味付け。他の食材はネギ、しいたけ、えのき、しらたき、焼き豆腐、春菊。時々餅も入れる。餅は野菜の上に乗せ、鍋に付かないようにする。しらたきと肉は離して入れる。そして卵をつけて食べる。シメはうどん。すき焼きは我が家でも亡くなった父がいつも取り仕切っていた。亡くなる前にちゃんとうちのダンナに免許皆伝までしていった。

ドラマの中でも言っていたけれど「スキヤキ」は温かい家庭の特別な日の料理。子どもたちが大きくなって一緒に食事をしなくなって、それでも時々夫婦で水炊き鍋なんかはするけれど、すき焼きはふたりでは食べない。やっぱり家族がそろう特別な日のメニューだ。だからここ数年食べていない。

父が松阪へ行った時、お土産に松阪牛を買ってきてくれて、みんなですき焼きをして、その肉が美味しくて、私が美味しそうに食べる姿を見ている父もすごく嬉しそうで、子どもたちもまだ小さくて・・・10年も経っていないのに遠い昔に思える。


しかし、ドラマの最後の「あれ」は何だったんだ!?

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不安

子どもの精神状態が不安定になると私も不安になる。まるで家の中が黒い雲で覆われているように思えてしまうときがある。去年みたいに暴れることはないけれど、不安定な状態は同じみたいだ。

不安は相乗効果で大きくなり、また連鎖していく。まずい!このまま飲み込まれちゃダメだ。しっかりしろ!自分。

Dvc00305気分がすぐれない中、外出。駅前で「王様からのご褒美」という看板が目にとまり奮発して「王様のジャージープリンロール」を購入。

真ん中にジャージーのミルクプリンが入っていてる。甘さもひつこくなくスポンジもしっとりして美味しい。美味しいものを食べると笑顔になる。

黒い雲なんて吹っ飛ばせ。顔晴れ!

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解放せよ

この1ヶ月、骨折して腕が私の多くの部分を占めていた。その間、ココロはおとなしくしてくれていた。それがギプスが取れて体が楽になったとたんにココロが暴れだす。

おい、お前。お前があたしの本質だなんて思っているんじゃないだろうね。そもそもお前はどこにいるんだよ。ココロが痛いと言う時には胸に手を当てて、だけど考えたり感じたりするのは脳でしょ。お前の正体はなんなんだよ。

あたしは手や足や顔、心臓や肺や肝臓、血液、筋肉、骨、いろんなものが集まってできているんだよ。お前なんかあたしの一部にしか過ぎないんだ。私のすべてを自由にできるなんて思い上がらないでよ。あたしのココロがあたしを縛りつけ苦しめる。解放せよ、解き放て。あたしは自由なんだ!

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不機嫌な人

客商売をしていると時々不機嫌な客がやってくる。不機嫌な人は毎度不機嫌で、話し方も話すことも、態度も表情も、来たときから帰るときまでずっと不機嫌。ここまで徹底して不機嫌オーラを出されるとこちらに伝播するというより、もう笑っちゃう。

でも、「不機嫌」って回りの人にとっても本人にとってもいい事なんて一つもありゃしないんだよね。以前、ほぼ日刊イトイ新聞の「今日のダーリン」で糸井さんがこんなことを書いていた。

「悲しみのわかる、機嫌のいい人」というのは、ぼくの理想的な人間像かもしれません。

「悲しみのわかる、機嫌のいい人」、良寛さんだとか明恵さんとかそんな人が頭に浮かぶ。なかなか到達できないだろうけれど、いつかそんなおばあちゃんになれたらいいな。

今日、骨折してから初めてギプスをしたまま両手でキーボードを打った。ちょっと力が入らないけれど、リハビリにはいいかも。指先は痛みなく動かすことができるのが何より嬉しい。

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「ジャングル大帝」を観て自然と人間との関係を考える

Photoフジテレビのジャングル大帝をみた。人間が生命も自然も支配しようとしている近未来を描いていた。

主人公ケンイチの父親は人工的なジャングルを作り、そこに住む動物たちをすべて管理している。管理されている動物たちは食べ物に困らない代わりに自由はない。野生動物をペットとして飼うことにも通じる。それは動物にとっていいことなのか?動物はその与えられた環境の中で生きることしかできない。

ケンイチの父親も始めは純粋に自然保護の気持ちがあり、だんだんと支配したいと思うようになったのではないか。自然保護という名の下の自然破壊、作られた自然は規模こそ違えど現在でもいっぱいあるように思う。これも人間の思い上がり、支配できると思っている表れの一つだと思う。

私の家の近くの山もカブトムシやクワガタの住む雑木林だったものが、自然を守る会と市によって木が倒され、ベンチが置かれ、花が植えられた。防犯の面で歓迎される一方でカブトムシもクワガタもいなくなってしまった。

Dvc00286_2たまたま今日の新聞に自然と人間の関係についてのデータが掲載されていた。人間が幸福になるためには「自然に従わなければならない」「自然を利用しなければならない」「自然を征服してゆかなければならない」という選択肢の割合が1953年から5年ごとに昨年までの結果がグラフになって出ていた。60年代には従うより征服していくほうが幸せになれると答えた人が多く、70年代前半公害が問題になってからだんだんと従うことが幸せと考える人が増えている。

でも頭で分かっていても実際行うのは難しい。支配欲の塊の人間は絶対悪の戦争でさえやめられないし、一番身近な自然、自分の老化でさえ受け入れられないのだから。

今日のジャングル大帝では人工的なジャングルが滅びトンネルを抜けて本当のジャングルを目指して終わる。トンネルの先には明るい光がある。

これからの地球がどうなるかは人間の生活とも大きく関わっている。でもそんな考えも人間のおごりのように思えるときがある。地球という生命体は人間を使って自ら滅びる道を選んでいるようにも思えるのだ。

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政権交代

総選挙が終わりましたね。予想通り政権交代しました。これで何かが変わる、少しでも日本がいい方へ向かってくれればって思いたいけれど、そんなに簡単にはいかないよね。

民主党が308議席も獲得して圧勝だったけれど大丈夫かな。だって自民も民主も言っていることは目先の「良さげ」なことばかりで大して変わりないような気がするし、これからいろんなことが数の多さでどんどん決まっていっちゃったら怖いと思うんだよね。

どーっ、と同じ方に流れていく日本人体質っていうんですかね。ただ、現状にNOと言ったことは確かだと思いますけれど。日本にもオバマさんみたいな人が出てきてくれるといいけれど、世襲政治の日本では難しいことかもね。

昨夜の開票速報の特番は日本テレビの第1部(21時~22時半)が26.4%で最高視聴率だったようです。みんな開票速報は置いといてイモトのマラソンゴールの速報が見たかったんじゃない?私は見たかったです。

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入院生活を振り返って

本日、晴れて退院して参りました。4泊5日の入院でした。その間、仕事と家事、病院への通いと全部やってくれたダンナにただただ感謝です。おかげで私もゆっくりと養生することができました。

私が入院していた病院は先生も看護師さんもとてもいい人ばかりで痛みを除けば快適な入院生活でした。手術の際には音楽だけでなくアロマも使ってくれました。希望のアロマも聞いてくれたのですが、贅沢に「ネロリ」とは言えなくて一般的にリラックス効果があると言われる「ラベンダー」にしてもらいました。でも音楽もアロマもちゃんと意識できるのは数分。麻酔前に鎮静剤?を入れ、その時点でもう全身がしびれてきて、頭はクラクラ、次の麻酔を入れるともう数秒で意識がなくなりました。その間、ずっと手術室の看護師さんが優しく手を握って肩をさすっていてくれるんです。そんな短い時間のためにも患者をリラックスさせようとしてくれる数々の心遣いが嬉しかったです。ちなみに麻酔はマイケル・ジャクソンが使っていた薬だそうです。そんな言葉を聞きながら眠りに落ちました。

手術中はいい夢を見ていたようで「あっ、そう言えば手術してたんだ」って目を覚ましました。

それから一晩は痛みと自由にならない体で辛かったのですが、もう一つ耐えなければならないことがありました。術後の患者はナースセンターの側の個室なのですが夜中から朝が明けるまで一晩中吠えている輩がいたんです。「助けてくれ~」「イタイ、イタイ」「早くしろ!」「メシはまだか!」看護師さんに命令口調で怒鳴り散らしているんです。廊下まで出てきてあれだけ大声で叫べれば元気なんですよね。こっちは痛くて声もでないし、体も動かせないんだから。でも考えてみるとこういう患者ってよくいるのか、父が入院しているときにもいたんですよね。側で聞いているこっちが狂いそうだったけれど、看護師さんは慣れたもので優しくあしらいながら仕事をこなしているようでした。そして思ったのがこういう人は男が多いんじゃないかということ。女の患者さんは夜中にナースコールしてトイレへ行くのでさえ遠慮する人が多いように感じました。相手にされないあーいうジジイみたいにはなりたくないもんだ。

ただ一つの欠点は食事かな。やっぱり病院食は美味しくなかったです。それをダンナに言ったら「一人でベッドで食べるからだよ」って言われました。確かにそう、普段だってそんなに美味しいもの食べていないもの。やっぱり家でのんびり食べるほうがいい。ダンナにもご飯を作ってあげたいけれど、退院してもしばらくは料理はできそうにない。重ね重ね申し訳ない。結論。やっぱり健康が一番。

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入院と音楽

入院4日目。今日は熱も下がって痛みも減った。ただ腕を釣っているので首から肩が凝ってきた。

今回の入院では音楽にずいぶん助けられた。消灯時間が早いのでその後の楽しみは勿論、手術当日緊張した心は優しい山崎やさよしの声でリラックスさせてもらい、直前にはエレカシで「ドーンと行け!」と手術に挑んだ。

前日に手術中にかける音楽を聞かれたけれど、エレカシとは言えなくておまかせした。実際手術室に入ると波の音の入った南の国風の音楽。きっとモーツァルトとかだろうと思ってたから意外な感じがして新鮮だった。閉鎖された部屋に風を感じる。

術後の痛みとの戦い、朝が来るのを待つ時にもひたすら音楽を聴いていた。ただ時計を見ているだけだったらきっともっと時間が遅く感じただろう。

音楽に助けられた入院生活も明日で終わり。痛みも取れたので残りの時間はのんびり休憩しようと思う。

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本日手術

昨夜はやっぱりいつも寝る時間まで起きていた。でも個室なので本を読んだり、音楽を聴いたりして眠れなくても苦痛じゃなかった。

そして、いよいよ今日の午後から手術。朝から絶食、点滴。今日よ、早く終われ!

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怪我をして分かったこと

今日一日片手で家事をしてみた。

なんとか布団を押入れにしまうことはできた。でもこれが冬の布団みたいに重くかさばるものだど難しくなる。

牛乳パックは片手で開けるのは力がいる。

小物干しに洗濯物を干すのは難しい。ハンガーも難しい。物干し竿を使うのが楽。洗濯機は偉大。

プリンの蓋を開けるのが難しい。

立ったままでは洗濯物はきれいにたためない。

掃除機は片手でも十分使える。

ふきん、雑巾が絞れない。蛇口の柄にかけてねじると絞れる。

同時に2つの事ができない。物をどかしてから拭くなど、1つ1つの動きしかできない。

ちょっと頭を使って工夫したらもっと生活しやすくなりそう。でもそれが苦手・・・

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8月15日

セミの鳴く、夏らしい暑い1日だった。

今日は8月15日、終戦記念日だ。新聞を開くとあちこちに関連記事がある。読者投稿のコーナーも戦争体験者のものだった。70代後半から80代の方の投稿だ。あの頃、子どももだった人たちはもう高齢者と呼ばれるようになってしまった。戦争体験者は毎年減っていく。考え方を変えればそれだけ戦争のない時代が続いたとも言える。いつの時代にもそれぞれ一人一人に生活がある。それがエラそうな人たちによって大きく変わってしまうなんてあっていい訳がない。

一年前の今日、「一寸先は闇」だった。本当に目の前が真っ暗でどうしていいかわからなかった。無我夢中でとにかく一日一日を生きていこうと思った。昨日より今日が少しでもよくなっていたらいいとただそれだけを願っていた。1年が経った。

今年は義父の新盆だ。田舎では夕方から近所の人が集まって飲み食いし、夜にお墓まで提灯を持って霊を送りに行く。仕事が終わってから実家へ行った。義兄夫婦は大忙し。私は次男の嫁でのん気なもんだ。

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昨夜、布団に入ってもなかなか寝付けなかった。隣で寝ているダンナも同じだった。

電気の消えた部屋でポツポツと話をした。

ダンナは言った。

「渦なんだよ。気を緩めたらあっという間に渦に飲み込まれてしまう。足、踏ん張ってないとダメなんだよ。」

今までどうしていつもそう冷静に静観できるんだろうと思っていた。そうだったんだ。足を踏ん張っていたんだ。やっぱり必死で戦っていたんだ。

顔も見えない暗い中だからこそ、見えたものがある。

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顔晴ろうと思っても・・・

今日は娘が早く帰って来た。でもすぐ部屋に入ってしまいご飯はいらないと言う。

娘は鼻にもピアスを開けてきた。もう耳には開けるところがないほど開いている。仲間の子も鼻や舌に穴を開けている。クイのようなピアスを刺しているときは本当に胸が痛んだ。まともに顔が見られなかった。これ以上、体に穴を開けたり、傷つけたりしないでほしいと言った。私自身もココロにどんどん穴が開いていく。私の気持ちはどこまでも伝わらないのか?もう勘弁してほしい。顔晴ろうと思っても曇ってしまう。

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顔晴って

昨日、娘の事を話していて息子に「こうなったのは自分の価値観を押し付けたアンタのせいだ。自分みたいな人間をもうひとり増やしてどうする!親ならちゃんと導いてやれ!」とすごい剣幕で言われた。

そう、こうなったのはアタシのせいだよ。そんなことわかっているよ。「ふたりとも高校行かなくたってダメなんかじゃない!」って言うのが精一杯だった。毅然として子どもを導ける立派な親じゃなくてごめんね。導くなんて神様じゃないしできないよ。情けないかもしれないけれど、信じて待っていることしかできないんだよ。

子どもの問題行動で悩んでいる親たちの掲示板を見つけた。そこでは「頑張って」という言葉じゃなくて「顔晴って」って言葉が使われていた。暗い顔してたらダメ。せめて顔晴らなくちゃ。でも正直かなり凹んでいる。今日は早く寝て明日から顔晴ろうと思う。

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夢五夜

こんな夢を見た。

私は自宅の畳の部屋でうたた寝をしている。ふと起き上がり、今日は花火大会だったと窓から空を見る。すると、ゆっくりと流れる流れ星が見える。私は急いで「家族みんなが幸せになりますように」と願う。そして同じ場所からもう一つ流れ星が・・・同じところを見ているとその空が赤い輪と青い輪を出して光っている。始めは花火大会が始まったのかと思って見ていると、そこからUFOが飛び出してくる。そしてそのUFOからまた小さなUFOが飛び出してきて、私のいる部屋に入ってくる。さらにそのUFOはカメラを残し窓から出て行く。私は急いで外にいるダンナを呼びに行く。ダンナもUFOを見ていて、部屋に入ってきたカメラを外に出す。そして外に偵察に出て行くと隣の家の向こうに大きなUFOが着陸しているのを見つける。ダンナは駐車場に停めてある車の中から観察しよとしていたが、私は子ども達が帰ってきたとき、家にいないと不安がるから家の中に入ろうと説得する。ふたりで家の中に入ろうとすると他にもあちこちに大きなUFOが着陸している。私は信じられないことが起こるものなのだと思っている。今、日本は雇用問題や不景気を嘆いているけれど、これで明日からは全然別の世界を生きることになるんだと思っている。

素人の夢分析:

私はいつも行ったことのない場所の夢を見る。どこかへ出かけている夢をみることが多い。今日は珍しく自宅での夢。寝る前に息子との言い争いになっていたせいで家庭を守らなくちゃという思いが強かったのだろう。息子はなかなかバイトが見つからない。今は働きたくても働けない人があふれている。先のことが全然見えなくて、みんなが不安に暮らしている。日本全体が腐っている。これをどうにかするには大きな何かが起こらなければだめなんじゃないかと思っていた。それでUFOの着陸。昨日と明日が全く変わる、社会全体を大きく変えるもの。まるで映画「宇宙戦争」を思い出させるような夢だった。

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夜の明かり

私は大通りから奥へ道を一本入ったところにある静かな住宅街に住んでいる。大通りと言ってもお店が乱立しているわけではなく、ただ道路が2車線なだけ。

先日、その大通りにパチンコ屋がオープンした。パチンコ屋は連日10時過ぎまで煌煌と明かりを点している。

私はパチンコはやらない。だからかもしれない。夜、暗くなって一本通りへ出ると「うわっー!」と思ってしまう。月明かりも星の輝きも消えてしまった。自分だって夜行性で夜遅くまで明かりをつけて起きているのに自分勝手なものだ。

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ココロ

コロコロココロがころがっていく

随分強くなったつもりだったけれど

やっぱりちょっと強い風が吹いただけで飛ばされていく

日々平常心 そんなココロになりたいのに

コロコロ私の中にあるココロはコロコロどこまでもころがっていく

私の外までコロコロころがっていく 

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夢四夜

こんな夢を見た。

亡くなった父が車で鹿児島に連れて行ってくれる。同行者は私とダンナ、子ども。父は何も言わない。ホテルに着くと、父と子どもはすぐに寝てしまう。私とダンナはまだ時間も早いので夕暮れの海辺をドライブする。暮れていく空は藤色に染まり、遠く海岸線の町の明かりがきれい。道路まで波が押し寄せてくる場所もあったが無事に通過。ホテルに戻ってもまだ時間は早い。二人でホテル内の蒸し風呂に行くことにする。部屋から出るとホテルというより「千と千尋の神隠し」のような旅館に変わっている。私はなぜかケイタイをスリッパにしている。古い旅館は迷路のように階段を上ったり下りたり。ダンナの後について迷うことなく蒸し風呂までたどり着く。しかし、蒸し風呂は男女一緒で私は入り口に着いたところでタオルを忘れたことに気付く。私はひとりで部屋まで取りに行くことにするがすぐに迷う。旅館の従業員達は忙しく働いている。ひとりの仲居さんを呼び止めて部屋を訪ねる。その仲居さんは「そんなの私達にはわかりません。」とにべもない。私はイライラしながらもルームナンバーを頼りに階段を上に上がる。眺めのいい広いところにたどり着くとそこには福助(足袋の会社のキャラクター)のような偉そうな人がいる。この人なら部屋が分かるだろうとルームキーを見せると「その部屋ならこの上の一番眺めのいい部屋だよ。」と言う。私はそんないい部屋だったのかと思ってびっくりしていると「でも、その部屋は眺めるだけで入れないよ。ルームキーの数字はどの部屋もみんな同じなんだ。」と言われる。私はますます腹を立て「支配人を呼べ。責任者出て来い。」とわめく。出てきた支配人の態度にまた腹を立てて腹が立ちすぎて目が覚めた。

素人の夢分析:

父が何も言わずに旅行へ連れて行ってくれたのは夢の中で父が私を励ましてくれたのだと思いたい。父は旅行が好きで休みの度に車でどこかへ連れて行ってくれた。ダンナとのドライブは心穏やかにどこかへ行きたいという表れ。前半のダンナとのドライブまではとてもきれいでも気持ちもよかった。そこで目が覚めればいい夢だったのに!海、風呂は浄化。ケイタイのスリッパは足かせ。旅館、ホテルは非日常的なところでゆっくりしたいという思い。忙しい仲居は自分か?それとも助けてくれる人がいないということか?迷いながらも自分の足で前へ進もうとしている。しかし、現実は怒りやストレスでいっぱいになっている。鍵はチャンスやきっかけが欲しい。みんなが眺めのいい部屋を目指しているがそう簡単には手に入らない。冷静になれ自分。

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何もしない1日

今日は何もしなかった。

昔テレビのバカボンでバカボンが朝から部屋に座ったままで何もしないという回があった。パパとママが心配するのだけれど、返事もしない。結局一日が終わるとバカボンは絵日記に「今日は僕は何もしませんでした」と嬉嬉として書く。そんな話があったことを思い出した。

私の場合は一日が終わろうとしてもまだドヨーンとしている。頭が痛い。明日は連休前で仕事も忙しいだろう。なんとかしっかりしなくちゃ。

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脳死は人の死?

13日に臓器移植法(A案)が可決、成立した。

複雑な心境だ。移植を待っていた人たちにとっては朗報、これで移植医療も進んで多くの命が日本で救うことができるようになるだろう。一方、現在脳死状態の子どもを抱えている親御さんにとっては死の宣告。例え脳死でも生きていて欲しい、奇跡は起こるかもしれないという思いがあると思う。家族に判定拒否権があるとはいえどちらにしてもつらい決断になるだろう。他人が「臓器を移植して他の子を助けてあげればいいのに」なんて言う風潮にならなければいいと思う。

私も現在、ドナーカードを持ち歩いている。脳死後に移植希望か心停止後に移植希望かを明記するようになっている。私は心停止後にしている。私自身は脳死後でもかまわないのだけれど、やはり配偶者や親の気持ちを思うと躊躇してしまう。(子どもはあっさり認められると思うけれど。)

それは父が献体したのとも関係があるかもしれない。父の場合、遺骨が帰ってくるまでに2年半かかった。あれだけクールだった母が遺骨が帰ってくるまで尋常ではなかった。明らかな死でさえ死を受け入れるのは困難なことなのだと知った。本人の意思が最重要だと分かっているけれど、愛する人の心臓が動いている死を受け入れることができるだろうか。法が成立して解決ではなく家族への支援をしっかりとしたものにしていく必要があると思う。

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因果応報

何の因果で今、こんな思いをしているのだろう。子どもは育てたように育つ。

どうして子どもがふたりともそろいもそろって学校へ行けなくなってしまったんだろう。やっぱりそう育ててしまったのかな。それでも上の子はなんとか自分の生きる道を苦しみながらも模索して前へ進もうとしている。一方、娘は通信制に在籍はしてはいるものの全く勉強する意志がなく、友達と遊んでばかりいる。近頃はまた夜遊びもするようになってしまった。よく夜中にたむろしている子どもがいて親は何にも言わないのかと不思議に思ったものだけれど、娘がそうなってしまったなんてなかなか受け入れることができない。勿論、毎回早く帰ってくるように言うけれど、親の言うことなんて全く聞かない。親の威厳もありゃしない。情けないよ。やっぱり親の責任だ。

いまだになんでこうなっちゃったんだろうって考える。どこで間違えちゃったんだろうって。子どもたちが小さい頃から仕事と家庭とどちらも頑張ってきた。子育てだってちゃんと向き合ってきたつもりだった。でもやっぱりいつも自分のことばかり考えていたのかもしれない。今この時をどうするかでまた未来が変わってくるのかな。いつか心穏やかに笑いたい。あの時はつらかったと笑っていえる時が必ずくるはず。だから今日も明日も明後日も前を向いて歩いていこう。私は負けない!

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生きている意味

友人が言った。
「生きている意味が分からない。」

生きている意味?生きている意味・・・

友人は続けた。「お父さんとお母さんがいなかったら死んでしまいたい。」
なんとなく分かる。私も死んでしまいたい気持ちになったとき思い留まらせたのはダンナでも子ども達でもなく年老いた母の姿だったと思う。

息子も一時は「死にたい」と思いつめたことがある。
ネットで知り合ったというバーのマスターが息子に言った。
「おまえ、死ぬなよ。自殺した奴の葬式に出るほど凹むことはない。死ぬなら後ろ向きに死ぬんじゃなくて前向きに死ね。」
息子はマスターに一言も死にたいなんて言わなかったのに、マスターは何かを感じ取ったのだろうか。

昨年、一つ下の後輩が突然死した。
何が人の生と死を分かつのか?

生きている意味を誰かが「あなたは○○だから生きているのです。」と言ってくれたならどれだけ楽だろう。

私は何も答えられずただ黙っていた。言葉が見つからなかった。
生きている意味・・・生きている意味・・・

マスターのように死ぬな!ってことだけしか伝えられない。

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私の居場所

Dvc00194主婦で自分の部屋を持っている人ってどれくらいいるんだろう。

私が現在使っている部屋は玄関を入ってすぐの和室。もちろんダンナと共用。

子どもが夜中に帰って来てもこの部屋を通らないと台所へも2階へも行けない。子ども達の動きが見えるのはいいことだけれど主婦だってゆっくり落ち着く場所が欲しい。

Dvc00190_2その和室の片隅のパソコンが置いてある机周辺、一畳弱のスペースが唯一私の居場所。

モニターの後ろの壁には山崎まさよしの写真と、華奢なジョニーストラップを画鋲で留めている。

ポスターを貼るようなスペースはないけれど、ファンであることのほんの少しの主張。

Dvc00190机の上にある愛用の必需品は単三電池を2つ使う電卓。母の代から30年近くも使っている。数字の押しやすさ、見やすさといいこれがないと経理の仕事も家計のやりくりもはかどらない。

もう半畳、ミシンを置くスペースも欲しいけれどそれを言い出したらきりがない。今はこれでよしとしよう。

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いい事ばかりはありゃしない

娘は今日、スクーリングに行けなかった。2勝2敗。

息子は今日、バイトを辞めてきた。
「オレは学校もバイトも続かない。どうしようもないね。」

電話のベルが鳴る。
「お母様でいらっしゃいますか?」
「はい」
「高校生のお子様のいるご家庭・・・」

うんざりだよ。

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夢三夜

こんな夢を見た。

三角の積み木で滑り台を作ったような大きな土の山がある。そこはリゾート地のようで他にも観光客がいる。私はその上に登り、滑り台のようにその山を降りていく。すると突然下からドロ水が迫ってきてあっという間にそのドロの沼に飲み込まれていく。なんとかその沼から抜けだせたと思ったら、目の前は深い海(きれいな海ではなく東京の海のような海水)。今度は海に飛び込む。海の水はドロではないので体のドロが流されていく。助けを求めて助けられる。他の観光客達はドロ沼に飲み込まれてしまったようだ。

素人の夢分析:

いい気になってリゾート地(平和な家庭)でのんびりしていたら思いもかけない災難(子どもの問題)が襲ってくる。ドロ沼に足を取られそうにながらも必死でもがき、海に飛び込む。決してきれいな水ではない(安易ではない)が汚れた体が少しはきれいになる。人の助けを借りて生き延びる。

今までのこと、これからのことを示唆しているのか?諦めずに逃げ切ればもう少しでこのドロ沼から抜け出して私の心も浄化できるのかもしれない。

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BLUE DAY

昨日の買ってきためだが朝から1匹元気がなかった。気が付いたら死んでしまっていた。たった半日の縁、こんなに小さな命だったけれど、やっぱり悲しい。土に帰してあげた。

昼間から私の嫌いなハダカデバネズミが来て私のココロが暴れだす。ひどくなる前に薬を飲む。そうすると頭がボーっとして眠くなってしまう。なんとか午前中は仕事をして、午後少し休憩する。

寝ているうちに気持ちは落ち着いてくるのだけれど、今度は体がだるくてフラフラしてくる。なかなかいい状態でいるのが難しい。寝ているところをバイトから帰ってきた長男に見られた。「寝られていいね」とイヤ味を言われる。この言葉は以前、私が長男に言ったことがあったから言われ返されても仕方ない。なんとか起きて午後も仕事をする。

今夜の夕飯は焼きうどんかなんかを作って簡単に済ませよう。

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旅行から帰った次の日

今日は月曜日。少し前までは月曜日が大嫌いだった。でももう休み明けの子ども達を学校へ送り出すという大仕事がなくなり、火曜日も水曜日もみんな同じ。強いていうなら業者から朝発注の電話があることぐらい。今では月曜日の認識なんてそんなもん。

先週の木曜日からの出来事が嘘のようだ。今日はいつもの現実に戻り、溜まった家事やら仕事やらを片付ける。でも何かが私の中で変わっているような気がする。昨夜、家に帰ってダンナに「もっと疲れて帰ってくるかと思ったけれど、いい顔してるよ」って言われた。このところずっと下向いて眉間にシワ寄せていつも泣きそうな顔してたもんね。

Dvc00180昨日のお土産を片付け、お菓子を食べる。

かすたどん(鹿児島)→「萩の月」、「那須の月」系のお菓子。娘の大好きなお菓子。

ゴボ天うどんのカップめん、長崎ちゃんぽんカップめん、インスタント屋台ラーメン (福岡)→スーパーで購入。ゴボ天うどんはどん兵衛、マルちゃんのシリーズ

粉末うどんだし、お好み焼きソース、ぶっかけそうめんつゆ(広島)→スーパーで購入。粉末うどんはお湯を注ぐだけで讃岐風のうどんのつゆになる。お好み焼きソースは地元のお好み焼き屋のオリジナルソース。ぶっかけそうめんつゆはそうめんに直接かけるらしい。

つけ麺(広島)→広島のつけ麺は秘伝のたれに唐辛子が入っているのが特徴。
川通り餅(広島)→クルミの入った求肥にきな粉をまぶした餅菓子。
生もみじ(広島)→最近のお菓子らしい。皮がもみじ饅頭よりもっちりとしている。表面に可愛い鹿の絵が刻印されている。私は食べ慣れているもみじ饅頭のほうが好きかな。

自宅へのお土産は地元のスーパーで買うのがお勧め。地元で普通に売られているものの中に面白いものがあったりする。

さあ、明日は火曜日だ。ドーンと行け!!

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光と影

娘が通信制高校のスクーリングに出席した。自分で起きて支度をして「帰りも笑顔で帰ってくるね」と言って元気よく出かけて行った。嬉しかった。

疲れてはいるようだったが、約束通り明るく帰ってきた。先生もクラスの人も優しいお姉さんみたいだったと学校の話をしてくれた。家族のためにドーナツのお土産も買ってきてくれたのに…

夕方、私は長男と言い争ってしまった。大人なんだから考えてものを言え。言い訳ばっかり言ってるんじゃないとキツイこと言われた。へこんだー。

頑張ってきた娘を元気に迎えてあげられなかった。ごめんね。

毎日夜更かしだったけど今夜こそ早く寝よう…

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夢二夜

こんな夢を見た。

友達とコンサートに行く準備をしている。勿論、エレカシ♪ 化粧をしている。ファンデーションを塗っていると、顔の毛穴から糸ミミズのように細くて長さ3~5mmの頭が茶色い小さな虫が出てくる。私はそれほど驚いていないが、嫌だなと思っている。その虫を取り除き数匹つぶしてみる。

素人の夢分析:

また体の中から変なものが出てくる夢だ。友人とエレカシのコンサートというのは、昨夜寝る直前に彼女と電話でエレカシの話をしていたから。顔は自分自身のたましいのあり方を表す部分。糸ミミズのような虫は私にとって好ましくないもの。化粧は最近ろくに化粧もしないで自分をきれいに見せる心がけを忘れているということか。

まとめると、たましいのあり方として醜い。胸に手を当ててみれば汚れている心に自分自身だって気が付いていて嫌だと思っているはず。心も体も美しくありたい。その具体的な方法が分からない。まずは自分自身が楽しむことなのか?

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夢一夜

こんな夢を見た。

首と胸の間に違和感がある。うっ、と手を当てると何かが盛り上がってくるのが触れる。ぐっとつかみ、えぐり取るようにすると体の中から低反発素材のようなクリーム色した10cm×5cmくらいのものが出てくる。1つ取り出してもまた体の中がうずいて次から次へと出てくる。それが長方形だったり、三角柱だったりする。痛みはない。(夢だから当然)面白がって家族にも見せている。そのうち出切ってしまったのかコロコロとした3cmくらいのものになってしまう。小さくなってしまい少し物足りなくも思っている。

素人の夢分析:

夢判断によると排泄する夢はすべてを水に流したい、さっぱりしたいという思いを表しているらしい。また、吹き出物ができる夢は自分の中に不平不満が募っているときに見やすく、心の中で日頃からぶつくさ言っていると、ぶつぶつしたものが出てくるらしい。

そんなことから考えると体の中からありえないものが出てくるというのは、現状が今までの経験からは予想も出来ない状態にあり違和感がある。そのことに対して不平不満が溜まり、それを吐き出したいと思っている。ということになるのだろう。けれど、そんなことは夢に教えられなくても十分承知。夢の中のようにこの異物を取り出すことが出来たらいいのに現実にはなかなか難しい。この不定形の低反発素材のような物質は当分抱えていることになりそうだけれど、少しずつ排出する方法も考えなければいけない。最後に小さくなって少し物足りなくなっているのはその現状を楽しもうという余裕も出てきたのか?そうならいいのだけれど・・・

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行雲流水

思考が停止している。ぐじゃぐじゃ良からぬことを考えないように生体が防御反応をしているのか。

思考だけでなく、すべてが滞っている。滞っていれば、当然水は濁る。今更何に執着しているというのか。

行雲流水:空を行く雲と、川を流れる水。常に動いて留まることがない。執着せずに自由な境地であること。

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無題

兵庫県の女の子と岐阜県の男の子が自殺したというニュースを目にした。二人ともこの春、高校に入学したばかりだったという。春、新しいスタートに胸を膨らませどこか明るい季節を連想してきたけれど、今の私にはこの悲しいニュースがとても他人事とは思えない。

周囲の人は突然のことで驚いていることだろう。残された親御さん、自ら死を選んでしまった子ども達のことを思うと胸が痛む。

なぜ死を選んだのか?残された人は勝手なことを言うだろう。結局なぜ死を選んだかなんて誰にも分らない。「生きていればつらい事もあるけれど、いつかいいことがある」と人は言う。でもそう思えたらきっと死を選んだりなんかしないんだ。なぜ親が気が付かなかったのかなどと親の責任を問う声もあるかもしれない。親だって気が付いてあげられないことだってある。気が付いてもどうしてあげたらいいのか分らないことだってある。子ども達も親に心配をかけない頑張り屋の優しい子だったのだろう。

もし今、親に心配をかけないように一人で頑張っている子がいたら、どうかそばにいる大人に話して欲しい。始めは驚き、ひどい言葉を発したり、泣き喚いたりするかもしれない。言わなければよかったと思うかもしれない。予想もしなかったことが起これば大人だって受け入れるには時間がかかる。でも必ずキミたちの声を受け止めようとしてくれる。だって最終的に残る思いはキミたちの幸せを願う気持ちなんだもの。どうかひとりで苦しまないで欲しい。切にそう思った。

我が家の娘もこの春、高校生になった。中学3年の2学期から毎日のように問題を起した。でも新しい環境で新しい友達、先生と巡り会えば何かが変わるのではないかとほのかな期待を抱いていた。

しかし、実際蓋を開けてみれば、そんなに簡単に物事はうまく進まない。娘は結局数回、学校へ行っただけで学校へ行けなくなってしまった。本人も何度も行こうと思ったようだ。けれど、おなかが痛くなったりしてどうしても行けなくなるようだ。何がどう嫌なのかはっきりしない。とにかく、学校という集団の中で生活することが苦痛なようだ。毎朝学校へ行く、行かないという問答をする。「学校へ行けというのは死ねというのと同じだ」と言い、通信制の学校で高校を卒業したいと言う。そう言われたら「行け」とは言えなくなる。人間なんて所詮、自分の都合のいいように解釈したり、言い訳をしたりする。その言葉の信憑性も定かではない。親の甘やかしかもしれない。世間は情けない親だと思うかもしれない。また裏切られるかもしれない。それでも今、私たちは娘の言葉を信じるしかない。これから先、また壁に突き当たり目の前が真っ暗になることもあるかもしれない。それでも一日一日をやり過ごしていくしかない。

「生きていればつらい事もあるけれど、いつかいいことがある」ベタな言葉だけれどそう思って今を辛抱している。

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親愛なるmへ

ねぇ、m。今夜は眠れそう?疲れていない?

キミは一人でいるのが好きだといいながらとっても淋しがりやなのを知っているよ。今晩も一人でPCの前に座り込み必死で涙をこらえているんじゃないかと思うとあたしは胸が苦しくなるよ。今日、帰るときもキミは必死で涙をこらえていたよね。そんなキミの顔をあたしは見られなくて手だけ振って別れた。キミを送っていった車の中で伝えたい気持ちを言葉にできなくて苛立った。

キミと出会ってもう10年近くが経つよね。その間に実際に会って話したのは数えるほどしかない。でも、メールや郵便ではいっぱい話をしたよね。多分自分以外であたしのことを一番知っているのはキミだと思う。夜中に耐え切れなくなって泣きながら電話したこともあったよね。そんな時でもキミは嫌な声一つ出さずに話を聞いてくれた。そして最後はいつも笑っていたような気がする。キミが調停でつらい思いをしたときはあたしもすごく悔しくて一緒に泣いたよね。あたし達っていつも泣いたり笑ったり忙しいね。

キミと会うときはいつも濃い時間を過ごす。だからキミと別れた後はあたしはいつも以上にキミが心配になる。キミが淋しさに負けてしまうんじゃないかって。戦い疲れてしまうんじゃないかって。ねぇm、キミは決して一人じゃないんだよ。キミを見ているのが、キミを守りたいと思うのがあたしじゃダメ?

ねぇ、m。今年のお正月も二人で笑顔の未来を信じようって言ったよね。いつか何かを始めたいねって言ったよね。あたし達だってまだ夢を持っていたっていいんだよね。

一ヵ月後、お互いにどんな状況になっているのか予想できない。でもまた会おうね。約束だよ。約束。できればいい顔して会いたいけれど、また泣いたっていいよね。いつものことだもん。あたしは今夜も明日も明後日もいつもキミの幸せを祈っているよ。

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明日は武道館

明日はエレカシ武道館。正直、今ワクワクどうしようもないっていう気持ちになれていない。長年のファンにとっては今度の武道館には特別な思いもあると思う。私が1年やそこらのファンだから気持ちがそこへ向かないのか。

1ヶ月前にはもう少し明るい気分でこの日を迎えられると思っていた。一つの山を越えたつもりでいた。でも、やっぱり目の前には大きな黒い山が立ちはだかっていた。もうこの山を越えられない。越えなくてもいい。でも登らなくちゃ辿り着けない。下から山を見上げて膝を抱えて泣いている。やっと近くに見えてきた武道館にも行かなくてもいいやって思ってしまう。行きたくてもチケットが取れなかった人もいるのに、こんなこと思ってごめんなさい。

前回のJCBの時もこんなだった。どうしてエレカシの前はいつもこうなんだろう。JCBにも行ったように今回も武道館へ行こう。あの時みたいに根拠もなく大丈夫だと思えるために。

今日の友人のblogに週間文春のインタビューの言葉が掲載されていた。

悲しいことがあっても、生きるって、ただそれだけで、前向きなことなんじゃないかと肯定的に考えられるようになった気がするんですよね。

今の僕らを見てほしい。人生の解釈を形にして歌う、それを仕事にできることが今、本当に幸せだと思う。だからたくさん歌って、最高のステージにしたいと思っています。

明日、最高のステージを観に行こう。きっといい日になる。そして山を越えられる日が来るはず。

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今日一日

気力、焦り、動揺、不安、許容、容認、苦痛、友情、感謝、愛情、放心、倦怠、疲労、

怒り、恐怖、憎悪、嫌悪、苦悩、マグマ噴火、パニック、動悸、夢、未来、一日、

節約、妥協、忍耐、

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道の途中

昨夜は母のところに泊まり、今日は母が私のところに来てくれた。

今まで母には余計な心配をかけたくなくて子どもたちのことはあまり話さずにいた。でももう隠すのも限界。すべてを話した。母は黙ってすべてを受け止めてくれた。少し前までの母なら卒倒してしまうほどショックな話だったかもしれない。父の介護、死亡後の事務手続きなどすべて私に頼っていた母が嘘のようにとても頼もしく思えた。二人で「おばあちゃん、強くなったね」と言って笑った。やっぱり人間いくつになっても成長するんだと思う。悲しみやつらさを超えられたとき人間は成長する。強く優しい人になれる。

これから私は子どもたちを変えることに懸命になるのではなく、私自信が変わることに専念しようと思う。ここのところ子どものことで悩んでばかり、自分のことで悩んでいた頃がのん気に思えていた。でも結局のところ自分の問題だった。なんとなく頭の中ではもやもやと分っていたことだが、今やっとはっきりとここまでたどり着いた。ではこれから具体的に自分をどう変えていくのか?そのためにどうするのか?それの答えはまだ見つからない。それはもう少し先になりそうだ。

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新年度

今日から新年度が始まった。

私は5年連用ダイアリーというのを使っている。これは1日1ページに5年分を記入できる。去年の今日、2年前の今日は何をしていたかがすぐに分る。去年と同じ日に熱を出していたり、同じ行動をしていたりと面白い発見もある。この日記は月初めに予期というページがある。

2007年4月予期「天気のいい日はダンナとバイクで出かけられたらいいな。」とあり、4月にバイク事故を起してしまった。

2008年4月予期「新年度の始まり、今年は我家は大きな変化なし。」と書いている。4月は無事に過ぎたけれど、昨年は思いもかけない大きな変化があった。

この世で確かなことは誰もが死に向かって生きていると言うことだけ。

2009年4月予期に「新年度が始まるのに不安でたまらない。人間何が起こるか分らない。」と書いた。2010年、この欄をどんな思いで見ることになるのだろう。

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お土産は笹だんご

新潟は朝から雨。雨が降っても露天風呂に入る。昨日から何回お風呂に入ったことだろう。

娘とはやっぱり小学校卒業のときと同じようにはいかない。会話の中の一言で気まずい雰囲気になり、緊張が張りつめることもあった。娘もきっとリラックスできなかったんじゃないかと思う。ちょっと悲しい。

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それでも、二人で一緒にお風呂に入るなんて久しぶりのこと。大した話はしなかったけれどそれで十分じゃないか。

留守番しているダンナと息子に笹だんごを買った。

家の庭では昨日出かける時には咲いていなかった桃の花と菜の花が咲いていた。今日は春分の日だったことに気付く。これからはどんどん暖かくなる。

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春の夜の散歩

今夜はなんだかのんびりした夜。なんとなく散歩に行きたくなり愛犬を連れてダンナと夜桜を見に行った。

素足にサンダルでもぜんぜん寒くない。空にはまばらに星が瞬き、夏の湯上りの散歩のように心地良い風が吹く。

どこからともなく、沈丁花の香りがする。夜は辺りが見えないから余計に鼻が敏感になる。

数日前にはまだ満開になっていなかった桜の花は今夜はもう花びらが散り始め、黄緑色の可愛い葉も出始めている。週末の日曜日には賑わっていたが、今夜は静寂そのもの。薄桃色の花が暗い闇の中に凛として輝きを放つ。今度の雨でかなりの花が散ってしまうだろう。花が散っても桜の木は変わらずそこにあり葉を茂らせ実をつけ、また来年には花を咲かせる。

帰り道、どこかの家からすき焼きの匂いがする。住宅街に戻れば、そこには人間の営みがある。

桜の木も人間も大して変わりはしない。

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シャネルのサングラスと花粉防止サングラス

娘が出かけに見慣れないサングラスをしていた。

「どうしたの?」と聞くと
「卒業式にちゃんと出たから彼氏がプレゼントしてくれた」と言う。
「えっ!?」

だってそれシャネルでしょ?確かに彼氏の家はお金持ちだって言っていたけれど中坊にシャネルはなしでしょ。おまけに理由が卒業式に出たからだなんて!

Dscf3376そう言えば、今年のダンナの誕生日に私がプレゼントしたのは花粉防止サングラスだった。ドラッグストアで980円。そんなサングラスを喜んで大切に使ってくれるダンナが愛おしくなった。

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お雛様

朝から外は雨。そして月曜日。気持ちのいい目覚めとはほど遠い目覚めだった。
子どもたちのように頭から布団をかぶって、いつまでも寝ていたいけれど
大人にはそんなこと許されない。

Dscf3350午後、3年ぶりにお雛様を出した。
高度成長時代、買い求めるにあたり唯一父がこだわったのが
極力プラスチックの少ないものをということだったらしい。
残念ながら三人官女の手はプラスチックだ。
木とプラスチックの混在したお雛様はあの時代を象徴しているのかもしれない。


私は小さい頃からぬいぐるみが大好きだったが
リカちゃん人形のように人間の顔をした人形は苦手だった。
しかし、お雛様だけは特別。
小学生の頃「私の宝物」という作文にも「私の宝物はお雛様です。」と書いた。
1年に一度、この時期にしか会えないからなのか。
3年ぶりに飾ったというのにお雛様たちは今年も同じように優しい顔だった。
小さい頃からの記憶が蘇ってくる。

私が小さいとき母がひとりで飾ってくれた。
お雛様を飾るのもひと仕事。一つ一つ大事に紙に包まれているのを取り出し
刀や烏帽子などの小道具を身につけさせていく。
母はよく言っていたものだ。「早く大きくなって手伝ってね。」
そして私の成長とともに私が手伝うようになり
気がつくといつの間にか母が手伝うという立場になっていった。
私の受験や一人暮らしで飾らない年もあった。
何回もの四季が通り過ぎ、私も母になり今度は娘と一緒に飾るようになった。
5年前、私と娘がお雛様を飾る姿を目を細めて眺めていた父の姿を思い出す。
その年の3月に父は倒れ6月に亡くなった。
今年、私は一人で飾ろうと思っていた。それでいいと思っていた。
何を思ったのか今年はダンナが手伝ってくれた。ありがとう。

実はもう一つ娘のお雛様もある。ぬいぐるみの動物のお雛様だ。
私とダンナの手作りでいまだかつてない力作だ。
でも飾るためにはゴミ溜めのような娘の部屋を片付けなければならない。
お雛様に会うために部屋を片付けてくれるのだろうか。
桃の節句まであと8日。

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日曜日の朝

今朝は久ぶりに気持ちよく目覚めた。
熟睡できたとかそういうのとはまた違う。
最近、目覚めの第一声がずっと「疲れた」だったから
第一声に「疲れた」と出てこなかっただけでも気分よく目覚めた証拠。
日曜日は学校も仕事も休みで
子どものことでハラハラする確率も比較的少ない。
だからと言って一日がそのまま気分よく終われる保障はなく
案の定、夜には気が滅入ることがあった。
そして明日は大嫌いな月曜日。
朝、子どもを一応起し、学校へ行く行かないの問答があり、
仕事では業者から電話があり、いつものように仕事して家事して
そして火曜日になる。

そうだ、明日は大安。
お雛様を飾ろう。ここ数年なんだかんだでずっと出せずにいた。
久しぶりの再会。ちょっと明日が嬉しくなってきた。

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高校説明会

長男と一緒に単位制高校の学校説明会に行った。
高校へ行く目的が見つからず心身ともに疲れ果て、自宅で休養すること7ヶ月。
自分からもう一度学校に通おうかなと言い出した。
17歳というのは微妙な年齢でバイトをするにも深夜はダメ、普免もなし、
おまけにうちの子は金髪ときているから、なかなか仕事も見つからない。
いつまでも宙ぶらりんの状態に絶えられなくなり、消去法で残ったのが
「もう一度学校に行く」ということなのかもしれない。
単位制とはいえ、毎日学校へ通うことなどには不安があるようだ。
1年でまた力尽きてしまうかもしれないという。
18歳になったら深夜のバイトがメインになってしまうかもしれない。
それに入試もある。
本人がいくら行く気になっても入学許可が出ないかもしれないし、
やっぱりやめたと言うかもしれない。
まだまだこの先どうなるか分らない。

学生という立場を利用して堂々と好きな音楽をやればいい
今度は頑張って卒業しろって言いたい気持ちをぐっとこらえ
彼の前に進もうとしている気持ちを大切にしてあげたいと思う。

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くまの国から

Btn_bberry_top 今日は朝から心も体も重くてブルー。

でも今日は「ほぼ日永久紙ぶくろ」の発売日。

11時オープンと同時にアクセス。

おおきなくまの紙ぶくろはブルーベリーとアイスブルーを

こぐまの紙ぶくろはクランベリーを

Btn_cberry_s_topそしてあまりの可愛さに予定していなかったくまのTシャツも

買ってしまった。

1週間以内には着くようで今から待ち遠しい。

朝の憂鬱な気分が払拭されてちょっぴり幸せになれた。

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I don't like Monday

そんなタイトルの歌があった気がする。

アメリカだったかでそれを理由に学校に火をつけた子がいて

その事件からインスピレーションを受けてできた曲だったと思う。

I don't like Monday.

月曜日が楽しみなのはSMAPファンくらいじゃないのかな。

月曜日の次は火曜日、そして水曜日と続く。

今週は水曜日が休日なのが救い。

毎週、同じことを思う。

フーと息を吐いている間に週末になってくれないかな。

でも週末が終われば、また月曜日がやってくる。

毎週月曜日、エレカシがTV番組でレギュラーになったら

月曜日が好きになれるかな。

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「見た」って言われても・・・

昨夜は家を追い出されたという娘の友達が泊まる。

うちだっていろんな問題山積み、

人様の家庭の事情まで考える余裕、本当はないのよ。

でも家に帰ると父親に殴られると言うし

夜遅くに外に放り出すこともできない。

放っておけない娘の気持ちも汲んで一晩だけ泊めてあげた。

そんな子が以前にも何人かいて、もう駆け込み寺と化している。

そしてその子が朝言うには

「昨夜、黒いロングドレスを着た小柄な髪の長い女の子を見た」って

そんなこと言われても・・・

我が家は誰も霊感がありません。

気にしたくはないけれど、やっぱり気になる小心者。

うちは生きている人間のことだけで精一杯。

正体不明のわけわかんないヤツの駆け込み寺じゃないぞ!!

もしそんなヤツがいるなら、とっとと出て行ってくれ!!

教訓1.子どもには絶対「帰って来るな!」とは言ってはいけない。

     

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今日なかったこと

今日は節分。

私の育った家庭が季節の行事に無頓着だった反動なのか

私は季節の行事が好き。

当然、節分も毎年豆まきしていた。

でも今年は豆まきも恵方巻きもなし。

豆まきしてもしなくても鬼も来れば福も来る。

恵方巻きの起源・・・朝のTV番組でやっていたところによると

ヒマなこの時期に関西の花柳界で商売繁盛を願って流行ったことだとか。

それ聞いて食べるのやーめた。

恵方巻き、去年より売り上げ落ちたよ。きっと。

ダンナの内視鏡で取った組織検査の結果がでた。

管状腺腫。良性。グレード3。

聞きなれない病名だけれど、よくあるものらしい。

一年後に検査して経過を見るとのこと。

早急な手術の必要はなし。よかった。

でもグレード3っていうのが気になる。

心配ないものならグレード1にしてくれればいいのに。

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富士山

ダンナの実家へ行った。

カブ、大根、ラディッシュ、ネギ、ほうれん草、小松菜を収穫。

帰りの車の中で息子が

「明日の自分が今日の自分に『ありがとう』と言えるように

今日を真剣に生きようと思う。」 と言った。

そうだよ。昨日、今日、明日の連続が未来に繋がるんだよ。

今のキミは毎日がつらいのかもしれない。

10年後の自分なんて想像もできないし

存在しているのかだって疑っていると思う。

でも、きっと10年後のキミは10年前の今のキミに『ありがとう』って言うよ。

帰り道、夕焼け空に富士山の神々しい姿が見えた。

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戦うことをやめたとき

戦うことをやめたとき

こころに平安は訪れる

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・・・・・

傷つけてしまった。一番大切な人を。

責めてしまった。かけがえのない人を。

私の甘えから。

声に出して言ってしまった言葉は消すことはできない。

生きる覚悟したつもりだったけれど、そうやって気を張っているのにも疲れた。

どっちだっていい。

そう思うと少しだけ気が軽くなった。

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学校へ行けない

数ヶ月前まで家に寄り付かず、帰宅時間も遅く、私たち親を拒絶していた娘が

今度は学校へ行けなくなってしまった。

以前は学校でみんなといる方が楽しいと言っていたのに・・・

最近は朝起しに行くと頭を抱えて布団をかぶって寝ている。

この間は膝を抱えて泣いていた。何かあったのだろうか?

勿論、聞いても何もないと言うばかり。

学校を休んでも違うクラスの友達とは連絡を取ったりして行き来はあるようだ。

クラスの中でほとんどの子が公立受験に向かっているときに

自分だけ高校が決まって浮いてしまっているのか?

先生に言わせればきっと自業自得。散々自分勝手な行動をしてきたから

浮いてしまうのも仕方ないということになるのだろう。

本人の行動に問題があるのは十分承知。

でも朝のあの顔を見ると強く言うことができない。

それに学校へは行かなくちゃという気持ちがあるのも伝わってくる。

2人の子どもが2人とも学校へ行けなくなってしまうのは

やっぱり親である私に原因があるのだろう。

あと学校がある日は卒業式まで29日。

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入学手続き終了

今日、娘の高校入学の手続きをすませた。

これで一安心と喜んでもいいはずなのに、なぜだかそういう気持ちになれない。

行き帰りのバスの中での娘のやる気のない言葉のせいか?

ほとんど勉強もせずに単願入試だったからか?

高校に入っても上の子と同じようになってしまうのではないかと不安だからか?

私もダンナも高校までは公立だったから

入学準備のための講習会や入学直後に合宿がある私立にびっくり!

だらけた生活をしていた娘がついていけるか心配だけれど

娘はきっと変わる!そう信じよう。

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新月のお願い

今夜は今年最初の新月。

昨年8月に友人から新月にお願い事をすると叶うというのを教えてもらった。

始めて新月にお願いしたときは、明日がどうなるのかも分らなくて

そこにあるはずなのに見えない月にお願いするというのが

その時の私にぴったりだと思った。

新月のお願いの特徴は「~になりますように」とお願いするのではなく

「~できます」「~なります」と完了形で願うこと。

そこには他力的なものより「そうするんだ」という自分自身の強い意志が必要で

それを月に応援してもらうような気がして益々惹きつけられた。

そしてこれがまた叶うからびっくり。

本当は新月になってからお願い事を考えるのだけれど

月に1回だと思うと2、3日前から何をお願いしようかと考え始めてしまう。

そしてギリギリまで悩んで手帳に書く。

最近ではこれが月に1回の神聖な儀式のようになってきた。

今夜もみんなが笑顔になれるように1つ1つお願い事を書こうと思う。

新月のお願いについて詳しくは

 http://homepage2.nifty.com/froms/declaration.htm

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学力と体力と生活習慣

小中学生の体力測定の都道府県順位が発表された。

それによると体力測定で上位の都道府県は学力でも上位に入るそうだ。

さらに学力、体力は「きちんとした」生活習慣と関係しているともいわれている。

これは子どもたちが小学校の頃からPTA懇談会に行くと毎回に言われたことだ。

「早寝早起きの習慣、朝食をきちんと食べさせてください。

これが学校生活の基本です。」と言われる度に耳が痛かった。

子どもが小学生~中学2年くらいまでなら、なんとか朝叩き起こし

朝食を食べさせ遅刻しないように送り出すことも可能だった。

でも中学3年ともなるとなかなか子どもは動いてはくれなくなる。

やっぱり、それも家庭、親の責任なんだろう。

私はきちんとした生活をさせようと声を荒げ、「早くしなさい。早くしなさい」と

せかせてしまった。そしてその結果が現在だ。

ねずみの寿命は2~3年、犬猫の寿命は15~16年、長くても20年。

人間は70~80年、長くて100歳以上。

子犬、子猫は1年ちょっとで人間の20才に相当する年になる。

その後は1年に人間の4倍のスピードで時間が過ぎていく。

そう考えると、うちの子たちは学力体力に極力エネルギーを使わず、省エネで

親の私たちよりずっとスローに時間が進んでいるのかもしれない。

これは人類が生き残る進化と言えなくもない。

そうでも考えないと「きちんとした生活習慣は家庭から」という言葉に

押しつぶされそうになってしまうのだ。

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入試の日のお弁当

Dscf3314 今日は娘の試験日。

息子が高校へ行かなくなり、娘も部活がなくなって以来

久しぶりのお弁当作り。

海苔ご飯に、鳥のから揚げ(レモン付き)、卵焼き、煮豆というのは

私が高校受験のときから入試の度に母が作ってくれた定番のお弁当。

煮豆はダンナの手作り。

今になって母がどんな思いで作ってくれていたのかが想像できる。

ママ、あの時はありがとう。

今回、娘は私立単願ということで0点を取るか、よほどの問題がない限りは合格

なんだけれど、それでも安心できないのが情けない。

娘の友達はみんな公立を受験するらしい。夏休み前まではうちも公立希望

だった。でもその後、大きく状況が変わって私立単願に。

そりゃ、経済的に考えれば公立の方が楽だけれど、私立に行かせることは

私たち親の賭けでもある。

娘よ、どうか明るい明日に向かって歩いておくれ。

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十牛図

昨日の「自己表現」に続いて、自己、自分とは何者なのかと考えてみた。

最近よく「自分探し」「本当の自分」などという言葉を聞く。

若い人にこの傾向は強いような気がする。

それも当然。思春期とは自我の確立の時期なのだから。

自己、自我、これが強すぎると自分勝手な人間になってしまう。

私は茶道を学んでいることもあって禅的思想に興味がある。

そこで十牛図にそって自分自身を省みた。

十牛図とは禅で悟りを開く過程を10枚の絵で表したものである。

1.尋牛(ジンギュウ)

 本当の自分は「なにものか」を知りたくて牛を探す旅にでる。

2.見跡(ケンセキ)

 牛の足跡、自分探しの手がかりを見つける。

3.見牛(ケンギュウ)

 牛の足跡をたどり牛の姿を見つける。その美しい姿は自分の心そのものだった。

4.得牛(トクギュウ)

 牛を捕まえようとするが、牛は荒くれ者、それは乱れる自分の心を鎮めるのと

 同じように困難なことだった。

5.牧牛(ボクギュウ)

 荒くれ者の牛とも心が通じ飼いならすことができる。自分の心を手に入れ悟りの

 境地に到る。

6.騎牛帰家(キギュウキカ)

 捕まえた牛の背に乗って家に帰る。牛が逃げたり暴れる心配はもうない。

7.忘牛存人(ボウギュウゾンジン)

 せっかく捕まえた牛はどこかに消えてしまう。でも心は自分の中にあるの

 だからもう牛がいなくてもいい。

8.人牛倶忘(ジンギュウグボウ)

 牛も人もいなくなる。悟ったことも悟った自分も忘れてしまい「空」になる。

9.返本還源(ヘンポンカンゲン)

 水は清流と流れ、花は紅に咲いている。「空」になってもすべては目の前に

 やっぱり存在する。

10.入鄽垂手(ニッテンスイシュ)

 人とお酒、そして笑いと悲しみが渦巻く生活がある。結局、元の木阿弥に帰り

 俗世界で生きていく。

                            「十牛図」 松原哲明 より要約

私も本来ならば騎牛帰家くらいまで到達している年である。

実際、若い頃のように「牛」に執着することはなくなったように思う。

それが、牛を見つけられたからなのか、牛を見つけるをやめてしまったから

なのかよく分らない。同じ俗世界で生きていても初めと終わりは違う。

人生折り返し地点を過ぎ、ぶれない心、平常心をもって10の境地に到れるよう

日々精進していこうと思う。

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自己表現

息子の髪は現在、金髪ではないけれどかなり明るい茶色だ。

その髪の色を今度はシルバーにすると言っている。

彼の弁によると髪の色は「自己表現」なのだそうだ。

それが理解できないのは感性の問題だと言う。

確かにそれも一理あるのかもしれない。

校則違反の恰好は「私たちは大人の作った規則に従いません」と

言う意思表示もあるだろう。

しかし、制服にどぎつい化粧、下着が見えるほど下ろしたパンツ。

それは美しいものなのだろうか?私には美意識の問題だと思うのだけれど。

彼の髪の色はもうすぐシルバーになることだろう。まぁ、それもいい。

どんなに彼が粋がったところで、晩年の緒形拳の髪の色にはかなわないだろう。

あの髪の色こそ、滲み出てくる自己表現だと思う。

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娘の彼氏

娘が彼氏を初めて家に連れてきた。見たこともない相手は必要以上に

不安になるけれど、実体を見れば「必要以上に」というのは軽減する。

しかし、父親というのはそうでもないようだ。

昼食を出してあげようと準備をしている時、ダンナに彼氏が来ている事を

伝えるとあからさまに面白くない顔をする。

挙句の果に昼食に作った焼そばに「下剤でもかけておくか」と冗談とも

とれないような真顔で言う。自分が先日受けた腸の内視鏡検査の際に

飲んだ下剤が残っていないことを残念がっているようにも思えた。

そして先ほど「どんと来い超常現象」などと全く意味不明なことを口走り

眠りについた。

おいおい、父親ってみんなそうなのか?

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ありふれた風景

昨日は憂鬱な一日だったけれど、今日はそれをプラスマイナス0にしてくれる

一日だった。

娘は昨日の反省からか6時前には帰宅。

でもすぐ部屋に入ってしまい夕食の時間になっても寝ていて起きてこない。

11時近くになって起きてきてご飯を食べると言う。

息子は夜、友達と会うと言って出ていき10時過ぎに帰宅し夕食。

遅い夕食のおかけで、4人がそろって顔を合せた。

お正月も2人の子どもは一緒にいるのを避けていたから

4人がそろったのは昨年のクリスマスイブに実家に行ったとき以来。

それぞれフランクに話しているようだけれど、どこかみんな緊張している。

それぞれの部屋に帰ってどっと疲れているのだろうか?

家族そろってコタツに入って話をする。

少し前にはごく普通のありふれた風景だと思っていた。

今はそんなささいな時間を愛おしく抱きしめたいと思う。

そしていつの日か緊張がなくなり、本当にくつろげる時間となったらいい。

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また

今日は仕事が休み。体が重かったけれど、天気もいいし布団を干して

洗濯して掃除をしていた。そうしたら、お昼過ぎ学校から電話がある。

また娘が友達と学校を抜け出したらしい。先生からほとほと手を焼いていて

どうしようもないと言われる。

おまけに今日の帰宅は11時過ぎ。

感情的にならずに注意するものの、全く聞いていない様子。

大きな叫び声を上げて、暴れたくなる衝動を懸命に押さえる。

いいこじゃないけれど、どうってことない  

と、繰り返して気持ちを落ち着かせる。でもやっぱり苦しい。

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いいこじゃなくたって

昨日、成人の日に思うことを書いた後、ほぼ日イトイ新聞をチェックした。

そこで見つけた言葉。“いいこ。かわいいこ。”

http://www.1101.com/darling_column/2009-01-12.html

私、自分が楽したいからって、子どもたちに「いい子」であることを

望んで押し付けていた。

ふたりとも「いい子」じゃないけれど、長男はとても「優しい子」だし、

娘も頑張り屋で今は元気がないけれど、本当は「明るい子」。

そんな大切な事を子育て十数年もやってやっと気が付いた。

うちの犬も無駄吠え(人間にとって)するし、散歩のときリードも引っ張る。

私が「しつけ」ができないことの開き直りかもしれないけれど

別にいいこじゃなくたっていいじゃん。どうってことないじゃん。

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成人の日

今朝いつもより遅く起きて、TVをつけるとワイドショーで今年成人式を迎える

ハンカチ王子がインタビューに答えていた。彼の受け答えはとても立派。

さぞかし、ご両親も鼻が高いだろうな、なんてことをぼんやり考えてしまった。

子どもは自分の作品ではないわけだから、そんなふうに考えること自体

馬鹿げたことなんだけれど、我が家を振り返ってみるとつい思わずには

いられない。我が家の子どもたちは成人式を迎えるにはまだ数年ある。

だが、今はどう見ても世間的には品行方正な青少年とは言えない。

若い子の事件が起きると親は何やっていたんだという話が必ず出てくる。

一年前の私もそう思っていた。子どもの素行は親の問題。

確かにそうなんだと思う。でも親だって「まずい」と分っていても

どうしたらいいか分らないことだってある。

今、子どもたちに願うのは

自ら死を選ばないで、

警察のお世話になることなく、

事件事故に巻き込まれず

生き抜いてくれること。  ただそれだけ。

いい学校に入るとか、ちゃんと就職するとか、そういったことは二の次。

結局、この世界に生まれ出てくるときに願ったことと同じなんだよね。

さて、数年後どんな成人式を迎えていることだろう。

「あの時は大変だったよ。」なんて言いいながら笑顔で迎えられていたらいい。

    

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今日から新学期

今日から新学期が始まった。子どもを学校に送り出すのが一苦労。

年が明け、新学期が始まって何かが変わることを心のどこかで期待して

しまう。でも、年が変わったって、新学期になったって何かが急に変わる

なんてことないんだよね。だって、今日は昨日の続きなんだもん。

今朝もやっぱり同じだった。多大なストレスだよ。朝から「武蔵野」MAX。

明日は今日の続き。大きな変化はなくても気が付かないくらい小さな変化は

あるかもしれない。そうやって少しずつ明るい方へ向かっていくんだと信じて

歩いて行こう。

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はじまり

とうとう始めた。今年中には始められたらと思っていたけれど

こんなに早く始めるとは自分でも思っていなかった。

どうにも始めたくなったのは1月4日の教育TVの吉本隆明氏の番組を見てから。

難しくて半分も理解できなかったのだけれど、

その中で「自己表出」と「指示表出」という言葉が使われていた。

「自己表出」は言葉が発せられない「沈黙」で、「指示表出」は言葉となりコミュニ

ケーションが成立する、と。

日常生活においてこの「沈黙」が占める割合が結構多い。

何でも口に出して言葉にしていたら、周りの人を傷つけ振り回してしまう。

またはあまりに当たり前すぎてあえて発しない、などなど。

だけど、そんなことをこのネットの海に吐き出したくなってしまった。

それで、タイトルにも「沈黙」という言葉を使わせてもらった。

吐き出してしまったら、もう指示表出になってしまうのかもしれない。

でもそんなことをグダグダ考えているよりさっさと始めてしまえ!となった次第。

もともとなんでも記録したくなる超記録魔の私。今でも6種類のノートに記録し

ている。blogで管理するってこともやってみようと思う。

blogデビューおめでとう。(別におめでたくもないか。)

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